250話 『神』と共にいる者
通商連合を率いるサミュエル卿が抱える『神器』のひとり、石版のシガース。
彼、というか彼女は天才女子中学生シガアスカと名乗った。
「漢字ではこう書く」
志賀飛鳥と表示されたスマホ画面を見せてきた。
シガース。しがあす。しがあすか。志賀飛鳥。
ということか、な?
「師匠はこっちだと女の子なんだな」
「かわいいだろ。こう見えても現在進行系で中学2年生でな。流石にこの歳まで生きるとこの世界での暮らしも慣れたもんだよ」
と言いながらスマホをいじる。
あ、ソシャゲやってる。
定時ログボらしい。
いきなり何してんの? 重要案件でここに来たんじゃないの?
「知り合い? どちらさま?」
ツァルクは、アイとシガが黙ったタイミングを見計らって聞いてきた。
「そうだ。大物が来たんだっけか。初めましてツァルク。この子の魔法の師匠のシガースです。そっちでは死んで、今はこっちに転生して暮らしています」
「え? 死ぬとこっちの世界に来るの?」
「さあ。どうなんでしょうか。私が死んだのはそっちで使った魔法の暴発だったので、それが原因ではないかとは思います」
「師匠、ツァルク知ってる?」
「報告は聞いているよ。ケアニスが『天界』から誘拐したんだっけか」
報告とは、サミュエル卿のところの情報網か。
俺たちがこっちに来たことも筒抜けみたいだし、この人とサミュエル卿が黒幕なんじゃないか?
「ケアニスも、いらっしゃってますね。キルケは?」
話しながら、今度はSNSで誰かとやり取りしているシガ。
目の前に人がいるのにスマホをいじるこの習性、懐かしい。
「キルケさんは来てませんよ。それと訂正を。誘拐ではなく救済です。本来彼は人に属する者ですから」
『天界』の真力を扱うための装置の一部となっていたツァルクを救ったケアニスは、シガの言葉を訂正した。
「天使の時間感覚的にはそうか。流石に伝説の竜騎士のいた時代と、今現在の人間社会はもはや別物だから。今このタイミングでツァルク様が復活されても、教皇庁は困惑の極みだろうがね。もちろん『天界』もだが」
シガは伺うようにケアニスを見ている。
まったく年相応ではない、老獪な表情を見せる。
「私は堕天使ですから。『天界』とは敵同士、みたいです」
「御冗談を」
そう即返すシガに、ケアニスはほんの少し表情を尖らせた。
「ま、それはいいとして。キルケが来てないのは意外だ。『神』と会える可能性を彼が逃すとは思えない」
「そいつは伝えてないからだよ、シガースちゃん」
鬼王がそう言うと、シガはぽんと手を打った。
「なるほど。連絡しなかった?」
「あいつら、真力無しでも俺たち亜人を見たら襲いかかってきそうだしな。亜人を舐めてるから返り討ちで殺してしまうかもしれんだろ」
「鬼王が言うと説得力しかないな。それとそこの美人はナノスじゃなくて、『竜』?」
「タツコだ」
「タツコ? 竜子か。らしい名前だ。つけたのはイセだな」
「『竜』の子って意味だっけか。イセが言ってた」
「まあだいたいあってる」
「あ、そうだ。イセはどうなってんだ?」
そうだそうだ! ツァルクよく言った!
こいつ意外と周りのことよく見て発言してくれるよな。
気の利くいいやつだ。
さすがあの気難しい『竜』と一緒に過ごせる人物だ。
「ま、だいたい把握はしている」
とシガは言いながら、車の扉をコンコンと叩いた。
その仕草は、アイと似ている。
俺がハイエースと一体化していることに気づいている、ということか。
「それに関しては『彼』待ちだ」
シガは言いながら、またスマホを確認する。
「そろそろ来るな」
どうやらSNSで連絡をとっていた相手は、その『彼』らしい。
「……『神』が来るんだな」
タツコからぶわっと吹き出した怒りオーラは伝播し、ケアニスも鬼王もいきなりピリピリし始めた。
「剣呑な空気出すの止めて。警察きたら困るんで」
その言葉では鎮まらない。
「師匠、『彼』と言ったな? この世界だと師匠が女の子であるように、『神』も別の何かなのか?」
空気はガラリと変化した。
シガをねめつけるアイに、タツコとケアニスと鬼王が注目する。
「天才女子中学生の称号はアイにこそふさわしいな」
にこりと微笑むシガに対して、アイは続ける。
「この世界で『神』は……『人』なのか?」
ざわつきそうなアイのひと言のタイミングで、店の方から声が聞こえた。
「あれだ、あれ。あのワゴン車だよ」
声の主が何者なのか、俺も含めて全員が直感でわかった。
このタイミングでシガが俺たちが来るのを待っていて、彼女の言うやってきた『彼』が何者なのか、皆が把握している。
俺もそうであると理解している。
だが同時に……その声には聞き覚えがあった。
記憶が混沌としてきている。
その姿は、俺がハイエースをレンタルする原因になった人だった。
引っ越しをすると言っていた友人だった。
「遅いですよ、二ノ神先輩」
「悪い。あいつ夕飯済ませてないって言うからさ、食べ終わるの待ってたんだ」
二ノ神のあとに続いてやってきた人物が、さらに混乱に拍車をかけた。
「え? あれ? これってハイエースじゃん」
俺の姿を見て、ハイエースと呼ぶそいつは、伊勢誠だった。




