248話 中華れすとらん ラーメンひゅーまん
ナノスの運転するトラックが、ディーゼル特有の荒っぽいエンジン音を響かせて突っ込んでくる。
鬼王が言うように、敵意も害意もありそうな笑顔でハンドルにかじりつているのがよく見えた。
その時、彼女の口の動きがわかった。
『イッてこい』
行ってこいならいいが、逝ってこいって方だったら、完全に殺意だ。
全身に鳥肌が立つほどの悪寒が襲うも、掴まれた腕の感触に意識が奪われる。
隣のアイが、俺の腕を掴んできたのだ。
震えているのがわかる。
「や、止めるか?」
今ならこっちもアクセルを蹴り抜くように踏んで緊急回避もできるかもしれない。
そう考えた時、アイが叫ぶ。
「イセ、覚悟を決めろっ!!」
震えていたのは、目前に迫ったトラックから放たれる死の恐怖からではないのか?
アイは俺を励ますように言ったように聞こえた。
アイを見ると、俺に挑むように見上げていた。
「アイは、何があっても、お前を――」
「……え? なに?」
アイが俺に何かを叫んだところで、時が止まった。
お前を? 何?
聞こえなかったのは、その瞬間意識が飛んだからだと気づくのに時間はかからなかった。
アイの必死な表情が残像のように目に焼きついた時だった。
ハイエースのフロント部分をひしゃげようかという衝撃は、俺の全身を包み込む。
これは、ニュース番組でアナウンサーが事故の様子を言葉で淡々と伝える時に言ってたあれだ。
全身を強く打って、というやつ。
それでまもなく死亡したり、意識不明の重体になったりするやつ。
あの衝撃が全身に走り、後方へ吹っ飛んでいくような、引っ張られるような、ただ勢いに意識が奪われた。
衝撃の最中、俺はアイが最後に言いたかった続かなかった言葉が、残響のように鳴り続けていた。
気づいたら、駐車場にいた。
『……え?』
アスファルトで舗装された駐車場に俺はいた。
何度もタイヤに踏まれて擦れたようになった車スペースの枠線がある駐車場だ。
枠が若干狭いからか、大型のハイエースでは枠ぎりぎりいっぱいになっている。
そこにエンジンが止まった状態で、停まっていた。
その駐車場は見覚えがある。
大学の近場でひとり暮らしを始めて1年経ったあたりから通い始めた店の敷地内の駐車場だ。
『……中華屋だ』
いつも中華屋と呼んでいた店だ。
店名は思い出せないので、看板を見た。
夜の中でもライトで照らすタイプの看板なので、立体になってる文字が読める。
『中華れすとらん ラーメンひゅーまん』
店は元々はレストランだか喫茶店だかの居抜きで始まったっぽい建物の中華屋だ。
ラーメンが売りのつもりの、町の中華屋さんだ。
そして俺たち近所の学生にとっては中華屋というより、定番の定食屋だ。
今の1000円前後のラーメンが当たり前のご時世に500円で半チャンラーメンが食える店。
だがラーメンを食べるのは一見さんで、このあたりで暮らしている人なら、定食を食べるのがベターと知っている。
俺は食事の時は、だいたい唐揚げレバニラ定食と豚焼肉定食の二択。
時々、少しお高いコロッケや春巻きやシュウマイがついているB定食というローテの店だ。
って、思い出してきた! 思い出してきた!!
『なんでここに……いる?』
戻ってきたのか?
つまりあの荒っぽい派遣の儀式はうまくいったってことか?
俺はいつもの光景だった、今や特別な光景に目を奪われながらも、車内の皆を見渡す。
後部座席の4人は窓に張り付くように外を見ていた。
「すげぇ、すげぇぞこれ……」
「見たこともない建物だらけだ。てかあれ、篝火じゃなくて魔法か真力の灯りだよな。そこらじゅうにあるぞ」
「儀式、でしょうか? いったい何の?」
「わからない」
鬼王とツァルクは目を見開いて興味深げに見ていて、ケアニスとタツコは若干警戒するように外を見ている。
そして助手席にいたアイとウルシャは、気絶していた。
『お、おい! みんな、アイが倒れてるぞ!!』
声をかけようとしたが、声が出ない。
「あの儀式で来たこの地で正解なんでしょうか? イセさんはどこに……」
『いるよ』
と言うのだが言ったつもりになっているだけで、声がでない。
何かがおかしいと、喉を触ろうとしたが触れない。
てか、手がない。
手どころか、喉もない。
そもそも俺が運転席に座ってない。
ピンときた。
『俺、またハイエースと合体してる……』




