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247話 異世界へ行くそれぞれの理由

「儀式魔法だから、手順が重要で余計なことはしない方がいいってことか。ま、そうだよな」


 鬼王は諦めるように言った。


 剛術や真力で守らずトラックの追突を受けたら、ハイエースは吹き飛ばされるだろう。


 吹き飛ばされなくても、ハイエースの車体は思いっきりへこむ。

 それこそ俺が乗っているあたりとか、ベッコベコになる。


 ニュースや動画で見たことがある交通事故でスクラップになった車をイメージしてしまう。

 やばい。ハンドル握る手のひらに汗が。


「防御せずに受け止めるのか? あれって鉄の塊の戦車なんだろ?」


「だな」


 後部座席のツァルクとタツコが話し始めた。


「こっちよりもだいぶ頑丈そうだが、イセのは見た目より頑丈なのか?」


「いや、意外と柔らかいぞ。建物の壁をこすった時にへこんでいた変な鉄だ」


「柔らかい鉄か。そんなんで受け止めきれるのかね。さっきあっちの戦車の走り見たけど、馬車よりずっと速かったぞ」


「あれくらいならこの戦車でも出せる」


「へえ。ならチェインの突撃くらいの威力、あるかもしれないな」


「昔の我はあんな弱くない」


 そこ、張り合うんだ、タツコ。


「まあ大丈夫だろう」


 ふたりの会話に入る鬼王。


「イセちゃん、トラックに一度跳ねられても、ぴんぴんしてたし。なあ?」


「え? ほんと?」


 ツァルクが素直に聞いてきたので、うなずいて返した。


「そんなに弱い? いや実はイセ強い?」


「強くはないし、為す術もなく跳ねられただけだよ」


 なんで跳ねられて復活できたのかも、さっぱりわからない。


「ま、ものは試しだ。やってみよう」


 気楽に言う鬼王に、皆が同意の空気を醸し出す。

 こういう時の覚悟っぷり、アイも含めてすげーなーと思う。


 俺も覚悟はできている。

 でも、それと同時に躊躇もあっさり頭をもたげる。


「待った」


「どうした?」


「みんな乗っているけど、いいんですかね? これ失敗したら大怪我で済まない可能性もあるんだけど」


「そうじゃない可能性の方が高いだろ。怪我しないって」


 鬼王くらい強いと、それくらい平気なんだろうけどさ。

 あと他に落ち着いているのは、ケアニスとタツコとツァルク。


 そうだった。

 後部座席の4名は、車でも止めかねない強さの持ち主だった。

 だが、運転席と助手席にいる3人は、ごく普通の人間だ。

 いや普通は言い過ぎが、まあ頑丈さって点に関しては、亜人の王や天才の天使や元『竜』や伝説の竜騎士と比べたら格段に劣る。


「アイは覚悟できているぞ」


「いざとなれば、私が身を挺して守ります」


 『神器』としての覚悟と、彼女を守る騎士の心意気の前に、俺の躊躇はあっさり頭を下げた。


「んじゃ、やろうか」


「待った」


 だがまだ問題があったので、躊躇の頭は急浮上した。


「今度はなんだよ」


「成功したらどうするんですか」


「いいじゃないか」


「成功して、俺のいた世界に行って、そして戻ってこられる保障はないんですよ」


 俺はそこも気になっていた。

 あの俺と事故ったトラックが目の前になければ、この『派遣』の儀式は無かった。


 そして、向こうでまた同じように儀式が行えるかどうか。

 もしかしたらできないかもしれない。


「そらそうだ」


「え? 戻ってこられないかもしれないんですよ?」


「ああ」


 あっさり答える鬼王。

 それに対して、周りの皆も同意している雰囲気だ。


「戻ることに、そこまで執着してない?」


「そうではないぞ、イセ」


 応えたのは鬼王ではなくアイだった。


「元々魔法に保障なんてないんだよ。魔法ほどではないが、ソロンたちが使う剛術も、天使たちが使う真力も、『竜』の力ですらな」


 アイから何度か聞いている、それは魔法が不確実であるという話。


「だが出来る可能性がある。出来る限りできるように持っていく。それだけだ」


 それが、よくわからない。

 かろうじてわかるのは、この儀式に対する彼らの覚悟の質が元々違うのかもしれないということ。


「イセの言うようなことを気にしてたら、アイたちはどんな術も魔法も使えない」


 当たり前じゃないか、という風に言うアイ。

 それにカルチャーショックじみたものを覚える俺。


 そんな俺たちを見て、ケアニスが笑った。


「ふふっ、確かに普通は恐れますよね。キルケさんたちもそうでした。アイさんの考え方が人間の普通と勘違いしてはいけませんね」


「ケアニス、今はその普通をアイたちは求めていない」


「ですね。失礼しました」


 俺の恐れは、彼らの中ではあっさり否定され、無いこととして処理される。

 『神器』に選ばれるって、こういうところかもしれないな。


「はぁ。後のこととか心配ないのか……」


「その辺は大丈夫だろう。うちの次期鬼王候補はいっぱいいるしな。ナノスちゃんなんて、嬉々としているだろうよ」


 亜人のそういうところ、マジでサバンナだな。


「私の場合は問題ないですよ。『天界』の事情とは違って、私自身の問題ですから」


 ケアニスはわかる。

 最初からそれで近づいて来たんだから。


「イセさんの『力』、アイさんはだいぶわかっているようですが、私はまだまだですから。この機会を逃すわけにはいきません」


「むしろ、積極的なんだよね……あ、みんなそうか」


 俺が言うと、鬼王は深くうなずき、タツコやツァルクからも同意の雰囲気があった。


「『神』のところに行く機会だからな」


 タツコのその言葉には、少し殺気が乗っている。


「俺はタツコの抑え役だ。まあ俺も『神』に文句のひとつも言いたい気分だしな」


 ツァルクは軽く言うが、『神』に騙されて『天界』に『真力』の装置として組み込まれていたんだから、もっと怒っていい立場だ。


「で、アイと、ウルシャさんは言わずもがなか」


 力強くうなずくアイ。

 こころなしか、やる気満々だ。

 さあやってくれ、と言わんばかりに見つめてくる。


 その無邪気さに羨ましさが灯り、俺も行くための覚悟に火がついた。


「じゃ、始めるか。何度も言うけど、失敗の可能性もあるからね」


 文句は受け付けない言い訳のように言いながら、俺はヘッドライトをパッシングした。

 それが、トラックに乗るナノスへの合図だ。


 パッシングした途端、距離が少し離れた位置にいたトラックが、いきなりエンジンを吹かして突っ込んできた。


 おいおい、こっちもヤル気満々だ。


「ははっ、なんて笑顔してんだナノスちゃん」


 鬼王が体を乗り出して楽しそうに言う。

 ほんと、この余裕な心を少しだけでいいから分けて欲しい。


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