246話 『派遣』の儀式
「はぁ」
ため息をつく俺に、アイが気づいた。
「ん? どうした?」
「いや、なんでも無い。んじゃ行こうか。攻め込むんだっけ」
鬼王を中心に、意気が揚がった気がした。
その鬼王が、嬉しそうにアイに聞く。
「で、どうするんだ?」
「そっちの戦車と、イセのハイエースの力を合わせることになる」
「ナノスちゃんの戦車は、この世界の外に飛ばす力を持っている」
「その力で飛ばされたイセのハイエースで、さらに先に行く」
そうだよな、そういうことだよな。
「具体的にはどうするんだ?」
「イセ、わかるか? 今の話から、『力』の使い方がわからないか?」
もちろん使ったことはないが、イメージはすでに出来ている。
あの事故を、ここで再現することが必要なんだ。
「まあ、だいたい」
あの交差点で右折待ちをしていたハイエースに、トラックが正面から突っ込んできたあれだ。
あれをここで再現するんだ。
「……はぁ」
「イセは、その力を使いたくないのか?」
「できれば。なんつうかこう腹の下の方からヒュンとする感じをまた味わうかと思うとなぁ」
「なるほど、恐怖を覚えるような力の使い方か。ぞくぞくするな」
鬼王が狩りの前のハンターみたいな顔で、笑顔をつくっている。
そういう戦意、欲しかったな。
「んじゃ、行きたくないのか?」
俺の気持ちを鬼王が代弁したと思ったのか、アイは力の行使そのものが嫌だとは捉えなかったみたいだ。
しかし、行きたくないかと問われると……
「どうだろう? 元の世界に今となっては未練ないしな」
と口にしてみると、しっくりきた。
いくらガソリンなしで動く車があったとしてもこっちの世界はとても危ういし、コンビニもスーパーもネットもないので不便だ。
生死に関わるようなイベントも多いし。
元の世界の方が、絶対に良い。
てか別に元の世界で鬱屈する思いを抱いていたことはない。
ない、と断言できる。
だってそういう風に感じた記憶もないんだから。
「こういう車が当たり前の世界なら、戻りたいだろう?」
どうだろうか。
今の俺がこのまま戻ったとして、そもそもハイエースを出したり引っ込めたりできるっていうのは、意外と使い所ない気がするぞ。
ちょっと隣町まで食事や買い物へっていうのは便利だが。
ここで使っているような使い方したら、俺が珍獣扱いだろう。
昨今のドライブレコーダーや監視カメラやスマホ普及を考えると、いつどこで映像として撮られているかわかったもんじゃないし。
そんな中でハイエース出し入れしてるところを見られたら大変だ。
「戻りたいって思わないんだよな、何故か」
「戻る理由はなくても行く理由なら、イセにはあるぞ」
アイは真剣な表情をつくって、少しだけ挑みかかるように言ってきた。
「『神』に会っておく必要があるんじゃないか」
それは即答できる。
「だな。聞きたいこともあるし、文句のひとつふたつもある。そういやそうだった」
いったいなんで巻き込んでんだこの野郎って怒りたい気分はある。
何故ハイエースなんだよとは言いたい。
「わかった。行こう。少しやる気出てきた」
「ほんとに、元の世界に未練ないんだな」
「何故かな? いろいろし忘れたことあるのにな」
彼女作ったり。
大学卒業したり。
あの連載の続きも知りたいし。
あの映画の公開も、心待ちにしてた。
よく通っていた油そば屋も、週イチで行きたくなっていた。
そういう執着心が、欠片もないことに今更気付かされる。
「ここで続きの人生生きてる感あるからかな? うーん」
「……まあ、イセがあまり気にしてないなら、いいか」
「何がいいかわからんが。ひとまず帰る方法ていうのをやってみようか。そもそも俺の知るやり方で行けるかどうかもわからんしな」
「で、そのやり方って?」
「えっとだな――」
というわけで説明した。
説明を終えると、アイがそれで行けそうだという予想を話して、採用となった。
あとはアイと鬼王がテキパキと準備をし始める。
「イセの力は、魔法と違って準備が簡単でいいな」
「それ、ナノスちゃんの戦車を見て思ったよ」
魔法の天才と剛術の天才は、こういう時は実に息が合っている。
だからなのか、準備は30分と経たずにできあがった。
少し遠くに、ナノスが運転席に座るトラック。
エンジンかけっぱなしのハイエース。
運転席には俺。
助手席にはアイとウルシャ。
後部座席には、鬼王とケアニスとタツコとツァルク。
「あそこから、トラックがアクセルベタ踏みで突っ込んできてぶつかれば、事故の再現になる」
「それを剛術や真力の防御なしでやるのか? あった方がいいんじゃないか?」
「……アイ、それでいける?」
「止めておいた方がいい。これは召喚術と同じタイプの儀式魔法に近しいからな」




