243話 動き始めたふたりの時間
伝説の竜騎士であるツァルク。
彼を背に乗せた『竜』が女の子になったタツコ。
両者の記録が途絶えたのは、一千年前。
今現在、一大勢力を誇る教会が誕生したあたり。
俺はこの世界に来てあまり日が経っていないので実感はないが、この目の当たりにしている光景が、どんだけ大きな出来事になのかはわかる。
『天界』で眠っていた竜騎士ツァルクが目覚めてここにいる。
元『竜』のタツコは、鬼王に召喚され、人の姿に変えられて、今ここにいる。
あの竜騎士ツァルクと『竜』が、ついに再会を果たしたのだ。
一千年前に止まっていた時間が、今この瞬間に動き出している。
何もないはずがない。
特にタツコだ。
『天界』で『真力』の装置の礎として眠らされるという言わば生贄に捧げられたかつての英雄ツァルク。
その彼を堕天使ケアニスが私的理由で救い出し、それでも眠り続けるツァルクの体を彼女は後生大事にかかえていたのだ。
何もないはずがない!
パンツ以外の服、作ってやりたかった。
感動の再会がパンイチというのは、かわいそうだ。
ぼろい布巻き状態で、一応救い出された元英雄っぽく見えないこともないのがある意味救いか。
と、俺の心の内の反省なんて気にすることもなく、再会したふたりは言葉を交わし始めた。
「……君は、チェインだよな?」
ツァルクはチェインと呼ぶ。
それは教皇庁で聞いた『竜』の名だ。
「違う」
「え? あれ? でもわかるぞ。君はチェインの色をしている……なんで女の子の姿に?」
あ、やばい。
姿が変わったのは俺のせいだと、責められる流れなのか。
「タツコだ」
「へ?」
「我はタツコだ。この姿になった時、あっちのふたりがそう呼んだ」
タツコは俺と、ウルシャのそばにいるアイの方を見て言った。
「『竜』の時は確かにチェインと名付けられた。そう呼んだのは君だったな……ツァルク」
ツァルク、と呼ぶ声に、すこしドキッとした。
なんつうか男心的に、いい感じだった。
同じ気持ちなのか、ツァルクもちょっと頬が赤い。
「だからチェインであってるけど違う。今はタツコだ」
「わかった……タツコ。タツコか。また何というかその格好は……」
「何だ? 我のこの姿に文句があるのか?」
「まさかまさか……その、いきなり美人過ぎて戸惑ってる」
「美人か?」
「ああ、もちろん」
「ふふっ、そうだろう」
少し得意そうにしてるタツコが、妙に微笑ましい。
「タツコって、今は人ってことであってる?」
「ああ。人間だ」
「そ、そっか」
「ツァルクと同種だぞ」
「あ、ああ……いやまあ、なんつうかえらい戸惑うな。これは照れる」
「は? 何故だ」
「あれだ。タツコに話してもわからんかもしれないが、子供の頃に一緒に遊んでた親戚が、大きくなったら昔の面影がちょっとだけある別人になっていたような感じ?」
「なんだそれ」
「幼馴染が綺麗になって現れたような心境かな」
「わからん」
「あ、もう結婚してたりする?」
「はい?」
「いやほら、久しぶりにあったら美人になってて、すでに結婚してるとかあるんだ。てかあったんだよそういうの」
「人の慣習を、我が詳しく知るわけないだろう」
「ははは、そうだよな。いやほら、いっつもあのでかい『竜』と話してた時と同じなのに、今は小さい女の子だからさ。もう戸惑っちゃって」
まるでふたりきりな会話だが何これ? ラブコメでも始まるの?
トカゲの王様みたいなのと思って仲良くしてた相手が絶世の美女になっていた。
やんちゃだった幼馴染が艶っぽい美女に大変身。
それはなかなかなホレ要素だ。
竜から人ってところが異世界っぽくていい。
だがそれを目の前でやられると、なかなかにムズムズしてくるな。
「我は君が起きるのを心待ちにしていた」
「お、おう」
「だから……」
タツコは黙って、ツァルクを見つめる。
見つめられたツァルクは、緊張した面持ちで突っ立っている。
その沈黙は十秒もなかった。
「……だから? 何?」
ツァルクがこらえきれずに口を開いたから。
「だから、起きて良かった。またこうして話せて嬉しい」
ふわっと柔らかく、無垢な少女のように微笑むタツコ。
それを見た者なら誰でも目を奪われるだろう。
俺、こんなの真正面から受けたら、一発で落ちる自信ある。
だから、さっき会ったばかりのおっさんだというのに、ツァルクの気持ちはすぐわかった。
「タツコ。いやタツコさん、僕と付き合ってくださいっ」
このおっさん、ガチ告白した!?
すげぇな。勇者だ。
さすが伝説の人だ。
「待った」
そして、告白に待ったをかけたのは、この土地で一番偉い人である鬼王だった。
「今、いいところなのに何故止めたっ!? おぬしもタツコに告白する気かっ! 空気読め!」
「空気読んでるから止めたんだ。付き合ってくれとかそういう話が出てくる場じゃないだろう」
正論だった。
せっかくの再会直後の告白タイムといういい雰囲気が台無しになったのは半分残念ではあるが、緊張が溶けたようでホッとした気持ちも半分あった。
 




