237話 竜騎士の目覚め
どんよりとした不快感から、だんだんと頭の中がぼんやりとした感覚になっていく。
まるで眠りから覚めたような気分に近いだろうか。
「ん、お? おお?」
ぼんやりした頭が次第にくっきりはっきりし始めたあたりで、自分が前の方から全身を押されている感覚に襲われる。
「な、なんだ、これ?」
気づいたら混乱したが、一瞬でどういう状況か理解した。
寝ているんだ。
平衡感覚が混乱してただけで、今は寝ているだけと気づけた。
あれ? でもいつから寝てた?
自分がどうしてこういう状況に陥っているのかが思い出せない。
そしてこの感覚には覚えがある。
それはすぐ思い出せた。
アイに召喚された時だ。
「おい、イセ。起きろ」
今までぼんやりとしていた世界に焦点があっていく。
寝起きに目を開き、だんだんと視界がはっきりして、見えいてるものと頭の中のイメージに整合性がとれてくるような、そんな感覚がやってきた。
「イセ。起きたか?」
俺を覗き込んでいる少女がいる。
俺を召喚した魔法使いのアイだ。
召喚された世界で、唯一魔法を使える存在。
『神』が作ったという『魔法』を使える存在。
そして、その『魔法』が天使たちよって壊されても、自ら小規模の『魔法』を構築して使うことができる唯一の存在。
故にアイは『神器』に選ばれた。
「ああ、起きた」
頭がはっきりしているので、起きたと判断していいだろうと俺はうなずいた。
でもだからこそ、今、この場がどこなのかがわからない。
白くもやっとした世界に、俺とアイがぽつんとそこにいる。
あとふたり(?)ほど、寝ている人がいる。
ひとりは見てわかるが、ウルシャだ。
エジン公爵領の城下町の近くで、ハイエースに入れて運んだウルシャがいる。
つまりもうひとりは、タツコが連れてきていた、仮死状態の初代教皇ツァルク1世。
「ここは、俺の精神世界?」
「だな。かなり広いし、魔素たっぷりで他は何もないとは思わなかったが……」
アイが少し驚いて言う。
こういう精神世界って、アイは見たこと無いのか?
魔法を使われて見ている光景だと思うので、俺はもうさっぱりわからん。
「で、何でいるんだ?」
ウルシャともうひとりを指差してアイに聞いたら、訝しげな目で見られた。
「お前が取り込んだから、ってことなんだろうな」
なんだろうな、って言い方からして、アイにとっても予想外のことらしい。
「……これってつまり、俺とハイエースは頭の中でも繋がっているってことか」
「当たり前だ」
アイが事も無げに言う。
「あんなに自由自在に操ることができる戦車なんだからな。アイが魔法で作る伝書の鳥や、天使たちが真力で作る武器や防具と同じかそれ以上に繋がりがあるものだ。というか……」
何か言おうとして口ごもる。
なんだろう?
「……よし、ふたりを起こしてみよう」
アイは、話を途中で止めて、ウルシャの隣にしゃがみ、ゆさゆさと揺らす。
でも起きない。
「ふむ。どういうことだ……」
アイが呪文を唱える。
すると、空間に構築される積層式魔法陣。
魔法を使うための魔法、だっけか。
元々は『神』が、人々に魔法が使えるようにと作ったものだったか。
それをアイは、人間であるのに構築することができる。
魔法の天才と呼ばれる所以だ。
その積層式魔法陣が、ウルシャの上でくるくると回るが、変化はない。
俺にも魔力の流れは見えるが、ウルシャに変化がないのはわかる。
だが、その魔力の流れに反応した者がいた。
アイも気づいて、俺と一緒にそっちを見た。
「……ツァルクが起きた?」
「いや、どうだろう」
アイはウルシャを起こすのを止めて、同じ魔法をツァルクにかける。
魔力が流れこむことで、布に包まれた体に変化があった。
魔素を取り込み、体内に組まれた何かが解かれていく。
「イセ、すまない」
「え? 何? なんで謝ってんの? やめて」
「仮死状態にしていた術(?)が、アイの魔法で綻んだ」
「……どうなるの?」
「目覚める」
それはわかった。
布にくるまった状態で、仮死状態でモノだったそれは、明らかに人の気配を漂わせはじめた。
それもただの人じゃない。
どっちかというとこの存在感は、別の存在に近い。
この気配は……『竜』だ。
「むっ、むぐぐぐっ!!」
布に包まれた人が、びくびくっと体を震わせる。
「お、起きるのか……」
アイが俺にしがみついてくるので、俺もしがみつく。
布にくるまれた人が、びくんびくんとのたうちまわっているのって、ホラーで怖い。
「むぐっ! むぐぐっ!!」
大きな虫がびくびくとしてるみたいで、怖い。
布が裂けると、中から光と共にびちゃ、ぐちゃ、って這い出してくるのだろう。
そんな想像をしながら見てると……
「む、むがーっ、だ、だれ、か、たすけてーっ」
「布を解かないと!!」
俺とアイは慌てて、ツァルクをくるんであった布を剥き剥きし始めた。




