236話 イセの心
「じゃ、早速だが力になるぞ。ハイエース出すからな」
これからハイエースをバラすことになるのか。
鬼王もケアニスもいるし、タツコもナノスもいるから、パワー的には余裕でバラせるだろう。
でもバラして元に戻せるか?
そもそも仕掛けがわからないのでバラすわけだから、元通りにはならないのか?
早まったか?
「あ、いや、俺のハイエースの前に、あのトラックの分析がいいか。あっちからバラそう」
日和ったことを言ってみたが、アイはあっさり否定した。
「いや。済んでるぞ」
「……もう?」
え? 俺の知らない間に、すでにバラバラ?
「うん。分析はすでに終わっている」
「え?」
「ずっと乗ってたから。その間にあの戦車の分析はしていた」
「……」
え、乗ってる間に、魔法を使っていた?
いつの間にそんなことをしていたのか、まったく気づかなかった。
相変わらず魔法を使うって点に関しては、優秀だな。
ってようやくここに至って俺は気付いた。
「あ、ひょっとして……俺の分析も?」
アイはこくりとうなずく。
「すでに終わっている」
「マジで!?」
「魔素を利用しての現象に関しては、魔法使いの専門分野だ。剛術も魔素を利用しての術式だし、似たような力を使う真力に関しても魔法現象としての分析もできている。イセの戦車だってその点は同じだ」
「え、ええぇ……そこまでわかってて、さっき話していた俺の覚悟とか必要だったのは何だったの……」
アイは俺のやり場のない憤りというか、嘆きというかそういう言葉を聞いて、少し首をかしげた。
そしてはたと思いついたのか、気付いたのか言う。
「なるほど、何をがっかりしているのかと思ったらそういうことか。分析は終わっているが、問題は山積みなんだ」
アイは己の得意分野だからか、滑るように語りだす。
「イセの戦車が起こした現象に関しては分析は済んでいる。未知というほど未知ではない。その点はたしかにケアニスすら気づいてないかもしれないがな。ずっとそばにいたアイだからこそ、分析を終えることができたと言えるかもしれない」
「つまり勿体つけていた?」
「分析したからって再現が可能ってわけじゃないんだ。アイやソロン、ケアニスが知りたいのはあの力の再現だ。それには問題が山積み、というより再現は限りなく無理に近い」
「……なるほど」
わからん。
わからんが、分析したからと言って、それですぐに使えるってものではないってこと、でいいのかな。
「再現……それこそが、神の領域とも言える。それだけのことを難なくやるイセの所業は奇跡だ」
褒められているのか、何なのかわからないので、うなずくこともできない。
「その再現の問題だが、ソロンたちに伝える前にお前に見せておきたい」
「見せる? 何を? 俺、それを見てもさっぱりわからない自信があるぞ」
「魔法の説明を一からするわけじゃない。見せるんだ」
そう言って、アイは一枚の札を取り出す。
「それは?」
「これがあれば、あのタツコに使った規模の魔法を使える」
「『竜』を抑え込んだ、精神操作魔法?」
「ああ。ソロンがくる前にこいつをずっと用意していた。これを使ったアイの魔法でお前の精神をいじる」
「嫌だ」
「え?」
「……」
「……アイのために力になるって言ってたけど?」
精神操作魔法が得意なアイ。
こうなることは、わかりきっていたことだった。
俺はひとつ大きく息を吸って吐き、覚悟を決め直した。
「ああ。いいぞ」
「よし。不快だったら伝えてくれ」
なにその痛かったら言ってくださいって言う歯医者みたいな言い方。
痛いって伝えても、我慢してくださいねー、言う気満々じゃないか。
「精神操作するんだよな。どうやって伝えるんだ?」
怖いので、ちょっと悪あがきじみたことを言い出してしまう。
「それは簡単だ」
そう言って、アイはぶつぶつと言葉を紡ぎ始める。
魔法にアクセスするための呪文だ。
構築された魔法と、そのための現象を起こすための手順を、アイは流れるように行っていく。
周囲の魔素の量は、タツコの時よりもずっと少ない。
なぜなら、俺に干渉して、俺が保有している魔素を使っているからだ。
いや、この魔素は俺の中にあるハイエースの魔素か。
「う、うおぉぉ、なんだこれ! 思いっきり不快なんだけど」
なんか俺の精神どころか、全身をいじくられている気分!
「我慢しろ」
ほら言った! 痛いって伝えても歯をゴリゴリやる歯医者さんみたいなこと言った!!
アイの呪文を聞きながら、なんだか自分が中に入っていく気分になっていく。
気を失う時のような感覚。
不快……というよりこれは……ごく最近覚えがある。
これって、ハイエースを自分の体の中に収納した時と同じだ。




