232話 眠れない夜
石畳に板を載せて、その上に簡単な布団を敷いただけの味気ない寝場所で横になる。
近くには、アイが寝ている。
アイは『神器』ということで気遣われたのか、若干ふかふかの布団の上だ。
気持ちよさそうにすやすや寝ている。
確かに緊張感がない。
人の家にあがりこんで我が物顔で過ごすメンタル強い猫みたいだ。
そんな感想を持って反対側を向くと、今度はタツコが寝ていた。
寝転がりながらも寝てない。
こっちをジッと見ている。
まばたきもしてないので、かなり怖い。
『寝ないのか?』
アイを起こさないよう気を使っているのか、念話で話しかけてきた。
でもこっちは思うだけで伝えようがない。
なので、うん、とうなずいた。
『寝ておいた方がいい』
そりゃわかっている。
眠れないからって、疲れていないわけじゃない。
むしろ疲れすぎて眠れないっていう状態に近い。
気が立っていると言ってもいいのかもしれない。
『我は元々寝なくてよかった』
念話だからか、タツコのもっているイメージそのものも伝わってくるからか言っている意味がよく伝わる。
彼女が元々と言うのは、『竜』の姿の時のことだ。
『そう、『竜』であった頃は寝る必要もなかった。体を動かさない時も頭は常に動いている。ああ、人間も頭は動いているか。だが寝ている時と寝ていない時の差は明確だ。『竜』とは違う』
眠ることができない『竜』はいったい何を考えていたのか。
『思索を続けてはいたが、今となっては完全に思い出せない。これも体が変化したからか、人になったからかわからない』
伝わってくる言葉には、どこか懐かしさがあった。
『少し前のことなのに、もうかなり過去のような気分だよ。我は元から人だったのではないかと勘違いしそうなほど、この人の体に馴染んでいる』
そこには諦観に似た響きがあった。
価値ある過去を失った者のもつ感情だろうか。
『そうではない。確かにこの体は不便だ。だが我は人になったことに満足している』
『竜』から人にしたのは俺だ。
あの時、アイたちと、鬼王とキルケたちと、共に戦っていたからこそ、使った俺の『力』。
仕方なかった、という思いはある。
そう思っていたからこそ、俺を慰めてくれているのか?
『どうだろうな。不思議と怒りという感情はない、ということだ』
優しい気持ちが流れこんできた。
『お前も寝ると良い。眠るという行為は大事だ』
そう言って、タツコは目をつぶった。
それから、念話は流れてこなくなった。
そして、微かに寝息が聞こえてきた。
「……もう寝たのか?」
反応はないので、寝たようだ。
風呂を楽しみにしていた元『竜』のタツコ。
それが勧める睡眠というものは、いいものなのだろう。
でも目は冴えているので眠れない。
何故、冴えているのかと思い出す。
思い出すのは、俺があのトラックに跳ねられた時だ。
あの状態から、俺は今のように息を吹き返した。
あれからどうもおかしい。
何かがおかしい。
それはトラックを調べてみることでわかるだろうか。
いや、それだけではないだろう。
あのトラックを調べてみるということは、類似している俺のハイエースも調べてみることになるだろう。
トラックと同じようでいて違うハイエース。
いったいどう違うのか。
そう、それが不安だったりする。
俺のハイエースを調べることで、その『力』が何なのかがわかる。
それをまるで体の一部のように使いこなす俺の『力』が何なのかもわかることになる。
わかることが、不安なのだ。
「んっ、んんんっ」
アイが、体をびくんと震わせた。
あれ? 起きた?
恐る恐るアイの方を向くと、少し寝苦しそうに体をもぞもぞさせた後、また落ち着いて寝始めた。
「……アイ?」
声をかけても、すやすやと眠り続けるアイ。
緊張感のかけらもない寝顔は、自然と笑みを誘う。
確かにのんきだが、今は忘れてゆっくり休めるのはいいことかもしれない。
自分の主人になった者のこういうところは、単純に好感がもてる。
あ、そうか。
眠れないなら、何かあった時のためにアイのために見張りをしておこう。
そう考えると、少し安心できた。
安心してアイの寝顔を見続けると、張り詰めていた緊張がじわじわと解けていくのがわかった。
だから安心したのか、俺はこのままぐっすり寝てしまった。




