229話 戦車の謎
亜人領と呼ばれる荒野を、トラックは進む。
今までのスピードは出ない。
走りにくいオフロードや、砂利道でも進んでいる感覚が、座席やハンドルやアクセルブレーキから感じられる。
確かに帝国内での道は、目の前に広がる荒野ほどではなかった。
しかし、アスファルトの道というわけではなく、あくまで人や馬や牛車や馬車が踏み固めたような道や、石畳の道だ。
そこをハイエースやトラックは、魔法的な要素で整地された道のように走ることができていた。
亜人領の土地に入ると、今までの走りができなくなっている。
いや、かろうじて出来ているのだろう。
ここは道なのかと疑う岩肌ゴツゴツ具合からすると、揺れはかなり少ない。
つまり今までよりもスムーズに走る魔法の効果が薄い、と言った方が正解に近いだろうか。
走りにくそうにしているのがわかったのか、鬼王が声をかけてきた。
「ナノスちゃんが、こっちよりお前らの土地の方が走らせやすい言ってたな」
「そうでしょうね」
「でもこの戦車に内包している力は変わらない。今まで通りに運転しているんだよな」
「ええ」
アイが口を挟んできた。
「つまりこの土地は、体内のみで完結する術式には影響はないが、体外への術式には影響が出るということか」
「そういうことだ」
我が意を得たりと鬼王は微笑む。
「剛術や魔法や真力をかけ合わせたような、総合的な術式によって動く戦車にも影響が出ている」
「ソロン、そこまで気づいていてアイに戦車の謎を解かせようとする理由はなんだ?」
アイは、何かに気づいた。
鬼王が、アイをさらって亜人領まで連れてきた理由に気づいた?
「理解が早くて助かる。それなんだよ、それ。俺がアイちゃんを連れてきた理由だ」
「……?」
「つまりな。俺がそれに気づいたのって、このトラックを得てから結構経ってからなんだよ」
鬼王は少し苦笑気味だ。
「剛術について俺は誰よりも詳しい自負がある。だが真力や魔法はわからん。ましてやこの戦車なんて俺の既知の外だ」
「しかし、もはやこの力はこの世界に在るものだ。こいつは手に入れる必要がある」
「手に入れる必要がある? すでにこいつはお前のだろう?」
「いいや。こいつはまだ俺のじゃない。何がどうなっているのかわからないことだらけだ。とても俺の力じゃない」
鬼王の言葉を聞いて、アイは表情を険しくさせる。
「自ら召喚した戦車を間近で観察し続けた、魔法の天才であるアイちゃんに、まずはこいつを手に入れて欲しいんだよ」
「アイに戦車の仕組みを紐解かせ、同じ仕組みをこの世界で再構築させるためか」
「そのとおり。さすが最後の魔法使いだ」
「茶化すな。こんなの師匠ならすでにわかっているだろう」
「相変わらずシガースちゃんへの評価が高いな。師匠だからか」
鬼王は呆れたように言う。
「俺はシガースちゃんはそこまでじゃないと思ってる。『神』の力を借りるような……出来損ないだ」
黙るアイは、悔しいが言い返せないといった様子だ。
「それに、もし仕組みがわかっていたとしても、再構築までは考えない。そんなことをするヤツはアイちゃんくらいだ」
「何故そう言い切れる?」
「見たからだよ。『竜』に対してでかい『魔法』を構築し、心を掌握する術式を展開する姿を俺は見た。あんなことをしようと思って、その上やってのけるのはアイちゃんだけだ」
その言葉を発する鬼王の気持ちが、俺にはわかった。
そこには、純粋な敬意があった。
さらにそこに、鬼王はケアニスも付け加えた。
『神』の作った真力の仕組みを紐解き、己のみの真力を作り上げたケアニスもまた、アイと同じと。
「俺は、そういうのにこいつを見て欲しいんだ。『神』からの貰い物を後生大事にしている天使どもや、『神』とつながってこっちの世界へ自分がわかりもしないものを送り込んでくるようなヤツじゃなくてさ」
強引にアイを連れてこようとした割には、鬼王のそれは真摯に聞こえた。
そのことにアイも気づいているのか、黙って返事をしない。
返答によっては、袂を分かつ可能性があるからだ。
「アイ、いいんじゃないか? このトラックの力の分析、やってやったら」
「……そこは、イセが反対すると思った」
アイはそう言って、俺に向かって苦笑してみせた。
そのどこか悲しげで、どこか優しげなアイの反応を見た時、少しだけこれ以上トラックを進めたくないと思った。
トラックの力の分析は、つまり俺の力の分析になるからだろう。




