226話 魔境城塞の騎士たち
視界に入る地を埋め尽くす兵士たち。
映画やドラマやアニメで見たことがある、陣を敷いた軍隊が見せる光景が、俺の目の前にある。
そこに向かうたった一台のトラック。
前の世界では外出すれば町中でよく見かけるレベルのトラックだ。
コンビニやら、スーパーやらの近くに止まっているような商品郵送に使われるような、そんな日常的な車だ。
そんなトラックが、見渡す限りの兵隊たちに時速40キロくらいの、ちょっとアクセル踏んだくらいの速度で突っ込んでいく。
非日常すぎる。
といっても、ここはもはや元いた世界の日常じゃない。
俺の隣に乗っているのは、魔法使いに元『竜』に亜人だ。
こちらも、元いた世界の日常からしたら既知外だ。
冷静に考えれば、全部が全部非常識だが、今この瞬間が俺の日常なのだから仕方ない。
仕方ないが、びびる気持ちは抑えきれない。
「よしスピードを落としていけ。そろそろ止まるぞ」
びびってない鬼王が、指示を出してくれて、かろうじて運転できている精神状態だ。
「よし、ストップ」
乗っている皆に止まった時の衝撃がいかないように、ゆっくりブレーキを踏むことができた。
ふぅと息をつく目の前には、威容を誇る魔境城塞と軍隊。
とんでもないところに来てしまったことを実感。
「なあ、アレってこいつ防げると思うか?」
鬼王が指差すのは、複数人で操作する巨大な弓、バリスタだ。
エジン公爵の城下町で見たものよりでかい。
それがちらほらと見える。
「防げない、と思う」
俺が言うと、アイもうなずいた。
俺が操れる鬼が、一撃で倒れたほどの威力だった。
戦車と呼ばれているが、戦車でもなんでも無い民間仕様の貨物自動車の紙装甲で防げるはずもない。
「なら攻撃されたらたまらんな。行ってくる」
鬼王はドアを開けて降りた。
コンビニの駐車場に着いて、ちょっと飲み物でも買ってくるくらいの気軽さで降りた。
降りた瞬間、目の前の兵士たちが一斉に盾を構えたのがわかった。
ほんと、いちいち物々しくて物騒だ。
「アイちゃんらはそこにいてくれ。話をつけてくる」
鬼王はにやにやと笑いながら言い、軽い足取りで兵たちに近づいていく。
その背中を見送る俺たち。
「アイ、ついていかなくていいのか?」
「話、ついでいるんじゃないか?」
「え?」
「ソロンたちは、こいつで来たんだろう? 魔境城塞を通って来たんだから」
「他のルートってない?」
「ないから、ここが要衝になっている」
話がついている。
なら、なんであんな軍隊が出ているの?
それは逆にやばいんじゃないの?
疑問にもちつつ窓を少しあける。
外の音が少しでも聞こえてこないかなと思ったからだ。
案の定、かすかに聞こえてきた。
鬼王の前に立つ、あの兵たちの大将っぽい人との会話が聞こえてきた。
「サミュエル卿からは、諸君らを通すよう言われている」
格好からして、魔境城塞を守る将のひとりとか、大将的な立場なのだろう。
鬼王に負けないくらい、威風堂々としている。
「なら通してくれ」
「ああ言われなくとも。だが私はこの屈辱を忘れない」
怒声のような迫力のある声が響く。
こんだけ多くの兵たちを率いている者なのだろう。
声くらい大きくないと務まらない。
「この地を守るコンウォル辺境伯軍の名にかけて、必ずおぬしを討つ」
「返り討ちにしてやるよ」
鬼王が来てから、喧嘩っ早いのばっかりで嫌になる。
アイに召喚されて、ほんと良かった。
「アイ、これまた戦いになるの?」
「わからん」
「戦ったらどうなるの?」
「……魔境城塞の騎士たちは、帝国一と言われているんだ。今のように混乱する前から戦い続けていたからな」
戦ったらどうなるのかわからないけど、あまりいいことにはならなそうという予想みたいだ。
そんな話をして緊張していると、鬼王がこっちを見てこっちに来いと手招きしている。
「アイちゃん、来てくれ」
そう言っている。
アイは覚悟を決めて、ドアを開けようとする。
「待って。俺も行く」
俺もドアをあけて外に出た。
アイが助手席側から出ると、タツコもついてきてくれたので、心強い。
少し足がガクガク震えているが、なんとか鬼王のところまでたどり着く。
こっちを値踏みするように見ている魔境城塞の偉い人と、その後ろにいる鎧に身を固めた騎士たち。
「こいつがお前たちにも話したいことあるってよ」
鬼王がそう言う相手は、ひとりだけ武装していなかった。
文官って感じの服装で、どこかで見たことがある雰囲気があった。
「サミュエル卿の使いか」
そうアイが言ったところで思い出した。
王都で『竜』と戦う前に、こんな感じの服の人がいた。
サミュエル自治領のところの文官なのか。
何故ここにという疑問を持つまでもなく、魔境城塞はサミュエル自治領の影響下にあったことを思い出す。
コンウォル辺境伯が支配する魔境城塞だが、防衛費という点では通商連合名義でサミュエル自治領が出していたという話だった。
俺たちの目の前に居並ぶ騎士たちはコンウォル辺境伯の騎士なんだろうけど、ここにいる兵隊たちの半数以上は傭兵だから、雇い主は実質サミュエル卿ってことになる。
屈強な騎士たちでも、頭が上がらないサミュエル卿。
その使いが、俺たちを前に言い出した。
「通商連合副会長のシガース様より、アイ様たち御一行に連絡があります」
言った後、彼は手元からうやうやしく何かを取り出した。
スマホだ。
物理キーボードのついた、若干古いスマホだ。
そのスマホを、文官は不器用に操作して、こちらに掲げる。
「お。見えるな。よしよし。聞こえてるか、アイ。私だ、シガースだ」
シガースの声が、スマホのスピーカーモードで響いた。
若干不機嫌そうに聞こえるのは、ここに来る途中でガチャ切りしたからだろうか。




