20話 AI機関へ
『至高なる鋼鉄の移動要塞』というたいそう大仰なネーミングを付けられたワゴン車は、敵が追ってこられないスピードでエジン公爵領の城下町から走り続けている。
逃げたことで、謀反を起こしたカウフマンは、早馬を出しただろう。
しかし、この世界に自動車以上のスピードを出すには、鳥のように飛ぶしかない。
「あ……あの連中、飛んで追ってきたりしないかな?」
「ん? どういうことだ?」
「ベガサスとか、大きな鳥とか、グリフォンとか、そういう飛びそうな馬代わりのものを、カウフマンたち持ってたりしない? あるいは空を飛べるやつがいたり……」
「いないぞ。この自動車に追いつける人間なんていない」
「そう、ですね……伝説の竜騎士らがいたころなら、話は別ですが」
「そっか。竜騎士とか見てみたかったな」
「アイも」
そう言うアイは、とても疲れたような力が籠もってない声だった。
「あ、そうだ。ちょっとまた窓開けるぞ」
アイは窓をあけて、連絡用の魔法を唱える。
葉っぱが2枚、窓の外へ出すと、それぞれ小鳥が咥えて、行く方向と来た方向、両方に飛んでいった。
「クオンにも連絡しておくんですね」
「ああ。城下町の情報は欲しいが、おそらくそっちよりこっちにできる限り速く安全に戻ってきてもらった方がいいだろう」
クオンとはいったい誰なのか。
話ぶりからすると、例の間者だろうか。
衛兵たちによる上からの攻撃を排除してくれた、あの少女。
西門を開けたのも、おそらくその彼女なのだろう。
いずれ紹介はしてくれるだろう。
今は、そんなことよりも、運転に集中した方がいい。
このハイエースが、いくら道なき道を進めることがわかったとはいえ、舗装されていない道を走っているのだ。
進む道そのものを警戒しておくに越したことはない。
「アイ、おつかれ」
「イセもな。いや、ありがとう。助かった」
「このために俺を呼び出したんだろ? ならむしろ良かったよ」
「おぬしはいいやつだな。なのに何故、こんな『力』なのか」
「それはもうわからん」
今日、何度も出た話題過ぎて、結局わからないという結論でいいと思い始めている。
俺って、適応力あるな! 諦めとも言うが。
「でも、便利だからよかったよ」
「ああ、そうだな……」
アイは言いながら声は小さくなり、そのまま目を閉じた。
「……アイ? おい! アイ!」
「イセ、大声を出すな」
「いや、だって」
「アイ様はお疲れだ。眠りを妨げるのは避けてくれ」
隣のアイから、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「ほっ、そうだよな……町に入ったあたりから、すでに疲労困憊気味だった。緊張の連続でなんとか保っていたようなものだっただろうな」
魔法を連続で使いすぎたと言っていた。
さらに町の脱出の際にも使っている。
あの時は、疲れも吹っ飛ぶほどの危機感があったからできたのだろう。
「ごめん。静かにしてる」
まだ気絶中の公爵令嬢が起き出しても、また説明がめんどくさそうだしな。
「……イセ。本当にありがとう」
突然、ウルシャから心の籠もった優しい声が聞こえて、びっくりした。
「アイ様は、あの召喚術を使うずっと前から、緊張の連続だったんだ」
ウルシャの言うずっと前というのは、どれほどかわからない。
ただ、ウルシャが見てきた、俺がまだ出会って無い頃のアイのことなんだろうというのは想像がついた。
「エジン公爵閣下や所領のことを気にかけ、我々AI機関のことも心配して、それに……『神器』として神に至ることができない自分を責め続けていたんだ」
ウルシャの声は静かだが、そこに熱がこもっているように思えた。
「こんな小さな子が、そこまで……」
「アイ様がこのお姿なのも、魔法を使う適正があり『神器』に選ばれ、そのために無理をした結果なんだ」
「あ、それって、見た目は女の子だけど、本当はもっと年上っていう……」
「ああ」
おお……ロリババアか……
「それじゃこの体で……100歳とか200歳?」
「そんなに!? それはもう人間じゃないだろ」
「え……それじゃ……ええと……30歳くらい?」
「いや」
「じゃあ、40歳」
ロリババアじゃなくて、ロリおばさんか? 美魔女か? ここまでくると魔女じゃなくて魔法少女だな。美魔法少女か。新ジャンル開拓か?
「18歳だ」
「あ、そう」
「驚かないのか!?」
「いや、それくらいはなんとなく。意外とゴロゴロいるし」
設定的には合法っていうやつだ。
「はぁ……イセの世界も、大変な苦労のあるところなんだな。成長できない苦しみ、同情を禁じえない」
その言葉通り、苦労してきた者へのリスペクトの感情が籠もっている感じがした。
ごめん、そういうのとは違うんだ。もっと程度が軽いんだ。
そう思いつつも、口に出しては言えなかった。
「まあ、気にしないでくれ。どこの世界でも色々あるさ」
「ああ、そうだな」
尊敬の眼差しを感じる……そして罪悪感が襲ってきた。
そういうので喜んでしまっていて、本当にすみませんっ。
「イセ、本当にすまなかった。先のことは謝罪する」
先のことというのは、召喚されたばかりの、出会った時の話だろう。
「気にしないでくれ。アイを守るためにやったことなのはわかるから」
「本当にありがとう。私は約束する。アイ様と一緒に、イセも命を賭けて守る」
「あ、その約束は反故にしてくれ。気持ちだけもらっておく」
「え、ええ……」
「守るために、西門のところで自分を犠牲にしようとしただろ? ああいうのは、アイも悲しむからやめてくれ」
そんな態度から、アイだって気にしてしょうがないんだろ? と文句も言いたくなるほどの、さっぱりとした献身だと思った。
「ああ、その話か。あれは大丈夫だったはずだ」
ウルシャの反応は、想定外に軽かった。あれ?
「うちには優秀な間者がいるんだ。私が残っても、彼女だったら上手いことやってくれただろう」
「……あの門の上から衛兵投げてたあの子?」
「そうだ。屋敷に戻ってきたら紹介しよう。先程、アイ様が連絡を取ったはずだ」
なるほど。公爵令嬢オフィリアを救ったから、もう間者が潜んでいる必要はないということか。
「そして戻ってくる頃には、アイ様のAI機関と、エジン公爵領の命運がかかる戦いの知らせを持ってくるだろう」
それはなんとなく予想していた。
あの謀反を起こした衛兵隊長カウフマンというのが、そして彼のバックにいるという『神器』が、アイのやったことに対応しないわけがない。
おそらく、こっちから奇襲を仕掛けた時よりも、準備万端にしてこちらに攻めてくるだろう。
「屋敷に戻り、アイ様とオフィリア様が起きられたら、そのための対策を話し合わないといけない」
「わかった」
「その時はよろしく頼む。イセ」
「任しておけ、と言いたい所なんだけど、実はさ」
俺はこの機会に、ウルシャに話しておこうと思った。
自動車というものは、ガソリンがなければ走ることができないということ。
ガソリンスタンドも、そのガソリンそのものも、この世界には無いと思われる。
補給がないから、いざとなった時用に残しておかなきゃならない。
「その命運のかかった戦いには、こいつは使えないかもしれない」
「え……何故……」
こいつと言いながらハンドルを軽くポンポンと叩く。
そして、その証拠を見せようと、ガソリンの量を示すメーターを指さした……のだが。
「……あれ?」
「どうした?」
「ガソリンが、減ってない?」
ガソリンメーターは、満タンを指していた。




