203話 鬼王の余裕
タツコは今まで抱えていた元竜騎士の体をカウフタンへあずけて、亜人の美人の蹴りを片手で受け止めていた。
俺には見てわかる。
そのふたりがぶつかっている間に流れる魔力の奔流がわかる。
あの美人の内側からあふれる魔力を物理的な威力に変えるように操っている剛術。
そして、外部から吸い込むように魔力を集めて『力』に変える真力の元となった『竜』の力。
それがふたりの間で激突している。
「へぇ」
「「「!?」」」
俺たちのすぐそばに、鬼王がいて感心した声をあげた。
元の世界の漫画やアニメで見たことがある縮地。
いきなり後ろに立って、遅いな、とかいうやつ。
あれをいきなり目の前でやられた。
その鬼王の動きに反応したタツコがこっちをギロリと睨むように動くが、目の前の美人が蹴った足を地面につけて、今度は殴った。
小さな拳は、タツコの手にまた受け止められる。
「我が王、手を出すな」
「出さないよ。余裕でしょ? 苦戦するなよ」
美人の言葉に、鬼王は苦笑して応える。
その一瞬の間に、クオンが俺と元竜騎士の体を抱えるカウフタンの前へ出てクナイを構える。
「剛術、やっかいっすね」
「そっちこそ。生身でその動きか。クオンちゃんだっけ?」
「ちゃんづけは止めてほしいっす。鬼王様」
「様付けやめてよ。刃物向けた相手に対してはおかしいでしょ」
「『神器』っすから。敬称は一応っす」
「そういうもんか」
「それに、こんなクナイでやられるアナタ様じゃないと思うっす」
「まあそうだけど」
鬼王は言いながら、タツコと美人の方を見る。
ふたりはすでに何度もぶつかり合う。
美人が殴り、それを片手で受け止めるタツコ。
その一発を俺が食らったらそれだけで、骨が砕けて吹き飛ばされて地面に何度も叩きつけられて全身打撲で死にそうだ。
見てるだけでヒヤヒヤしてくる。
「で、オーガ人形と異世界の戦車使いの、イセちゃんだっけ」
俺は無言でうなずく。
このすぐそばにいる鬼王は、声が出しにくくなるほどの威圧感がむき出しになっている。
おそらく、彼は威圧してない。彼は普通にしている。なのにこの存在感。
『竜』とは比べられないが、少なくとも今のタツコよりは上。
でもってその彼と同格というあの美人は……
「あれはナノスちゃん。次期鬼王。んでもって……ウチの戦車のウンテンシュだ」
「運転手?」
「そう聞いてる。そう言うらしいな。で、イセちゃんからは聞きたいことない? 何で戦車があるとか疑問でしょ?」
「ありすぎて。何を聞いたらいいか」
「ひとつひとつどうぞ。あっちはあっちに任せて。っていうかアレを抑えられるヤツがそっちにいてよかった。ケアニスちゃんが別のところ行ってるから隙を突けって言われてたからさ。あれが元『竜』か」
邪悪な笑みを見せる鬼王。
「あの『竜』をあんなにするか、イセちゃん。えげつないな」
「よく言われます」
「ククッ、あそこまでできるヤツがいるなんてな。物騒な『力』があったもんだよ」
鬼王は気さくで余裕だ。
圧倒的に自分が有利にいるからこその態度なのだろう。
実際にそうだから、文句のつけようもない。
さて、どうするか……
「質問がないなら、こっちからひとついいかい?」
「……どうぞ。俺が応えられることなら。あ、俺、車の車種に詳しくないですよ。ハイエースくらいは知ってるけど」
「シャシュ? よくわからないな。そっちの言葉? まあいいや」
本当に興味なさそうに言いつつ、鬼王は軽く口にした。
「イセちゃん、こっちにつかない?」
俺も驚いたが、クオンやカウフタン、他衛兵隊の連中が息を呑むのがわかった。
「……続きをどうぞ」
「聞く耳もってくれたか。それはありがとう。えっとイセちゃんってさ、どっちかというと亜人でしょ。だからオーガという形で召喚できるし、あの戦車も剛術に近い」
「そうですね。近いです。アイもそう言ってました」
「さすがアイちゃん、よくわかってる。でさ、イセちゃん。アイちゃんと戦車と、それにそっちのお気に入りの仲間たちと一緒に、俺につきなよ。悪いようにはしない。てかできないよ。アイちゃんと戦車の力があるんだからさ。むしろいい戦力だ」
鬼王はわかっている。
こっちを立てながらも、自分が圧倒的優位にいることがわかっている。
「でもこっちにも、『戦車』はある。あれがね」
言いながら、あの乗ってきたトラックを指さした。
まだエンジンつきっぱなしで、ヘッドライトもつけっぱなしのトラック。
うちのハイエースよりパワーありそう。
無骨で硬そうな外観は、戦車というイメージよりふさわしい気がしてくる。
これって結構追い詰められているのでは?
この誘いに乗るフリをして、時間を引き伸ばして、何とかなるか?
その辺は……タツコ次第か?
『イセ。あの戦車を乗っ取れ』
タツコの様子を見て考えようとした時、彼女の心の声が聞こえて驚く。
彼女の方を見ると、あの次期鬼王ナノスの拳を受け止めながら、にやりと笑っていた。
『我がコイツと鬼王を吹き飛ばしてやる。その隙に乗っ取れ』