202話 トラックの運転手?
目の前で止まった一台のトラック。
アップライトのまま俺たちを照らしながら、エンジン音を響かせ続けている。
皆が皆、その姿を警戒していた。
「イセ殿、あれはなんすか」
クオンの質問の直後、トラックの運転席側の扉が開いた。
開いたところから降りてくる人影。
強いライトの中で見えたその姿は、細身の女性……?
見てすぐわかるのは、亜人のものと思われる角。
小柄で細身の姿で、小さな頭からすらりと伸びた2本の角。
それはとても綺麗で、スタイルが良く見えた。
亜人の美人とは、こういうところで判断されるのかもしれない。
そして同時に、車に乗る時に天井を突くのではという疑問。
亜人にとって車は、乗りにくい代物の可能性が出てきた。
その小柄な亜人は、運転席の扉を開けっ放しにしてこっちへ近づいてくる。
明かりのおかげで少し遠くでも顔が見えた。
姿が見えても、中性的な顔立ちで、女か男かわからない。
ただ、とても気の強そうな美人顔だった。
「よお」
そいつは、友達のように声をかけてきた。
そんな風に声をかけられたのは誰だ? と周りを見るが、皆は俺の方を見ている。
「知り合いか?」
「イセ殿の知り合いじゃなければ、誰の知り合いでもないのでは?」
「同意っす」
カウフタンとクオンが言う。
変な相手はだいたい俺の関係者みたいな言い方が、若干気になる。
抗議したいところだが、それどころではない。
現に、タツコはトラックの方を警戒している。
「イセ、あれはなんだ?」
「トラック」
「とらっく?」
「俺の世界にあった、トラックという乗り物だ」
「ああいう戦車もあるのか」
戦車と言われると、ハイエースも戦車ではない。
でもって、戦いを想定した時、明らかにトラックの方が上だ。
頑丈さが見た目からして違う。
積載量はハイエースのだいたい倍はあるはずだ。
「なぁなぁ、我が王。こいつらであってるよな?」
トラックの方を向いて声をかけている小柄な亜人。
すると助手席から大柄な男が出てきた。
そいつは、しっかりと扉をしめた。
「おい、こいつずっとブルブル言ってるぞ。止めないのか?」
そう言って、近づいてきたのは、亜人たちの王、鬼王ソロンだった。
「エンジン、かけっぱなしの方がいいんだ。戦いになったらすぐ使えるだろ」
「よくわからんが、戦いのためっていうならまあいいか」
「で、オレの質問に答えてよ。こいつらであってる?」
「ああ、見た顔が3人ほどいる。それにシガースちゃんはここで合ってるって言ってたからな」
「ならなんで、戦車ないんだ?」
「さあ、乗って出てきてないだけじゃないか?」
鬼王とふたりで気さくに会話している。
少しだるそうな感じで話しているふたりからは、とても危険な感じがしている。
周囲のものを、別になくしても壊しても、気にしないどころがそっちの方が楽しい、みたいな雰囲気。
まるでこちらを警戒していない。
「戦車ないんじゃ、こっちの使う必要ないよね? オレ、やっていい?」
「……はぁ」
鬼王が困った顔をして、ため息をついた。
「ここまで運転続きだったからさ、体が固くなっちゃって辛いんだ。運動がてら蹂躙していいよね」
「もちろんそのつもりで来たんだが、アイちゃんはいない、よな?」
鬼王は俺たちを見渡して、アイを探している。
その間、小柄な方は肩をぐるぐると回し始めた。
「都合いいじゃん。殺さずに済むよ」
「おいおい、ここにいるのも殺すなよ」
「我が王、オレに指図すんの?」
好戦的な笑みを浮かべる亜人。
それに対して、困った顔のままの鬼王。
「……王って呼んでおいてその口調」
思わずツッコミを入れたら、鬼王が反応した。
「こいつは便宜上、俺のこと王って呼ぶけど、全然ソンケーしてないの」
「あたりまえじゃん。オレ、別にこいつより弱くないし」
「くっくっく」
困ってた鬼王が、おかしそうに笑う。
「イセちゃん、ってことでさ、つまりこいつは俺と同じくらい強いんだ」
「我が王、オレの方が強いって。今、証明しちゃうよ」
「殺すなよ。しそうになったら、あっちに加勢するからな」
「よっしっ! やる気出た!!」
細身の体から、いきなり吹き出す魔素を源とする威圧の塊。
それが周囲へ一気に襲いかかり、当てられた俺はいきなり冷や汗が吹き出す。
そして、これが戦う覚悟のないものとの差とばかりに、クオンとカウフタン、そして一拍遅れて衛兵隊の面々が俺とタツコを守るように前に出る。
感心すると同時に、頭の中に警鐘が鳴る。
尋常じゃない殺意の塊が、目の前に迫っている。
全員ひとまとめに殺される。
「よっとっ」
軽い掛け声と共に、俺たちを吹き飛ばすような蹴りが飛んできた。
跳躍して間合いを詰めての蹴りだ。
そしてそいつの魔力の動きからわかる。
鬼王が使っていた剛術と同じだ。
身体能力を魔力によって向上させている。
ただそれだけだが、速さが違う。
一瞬で俺たちとの間を詰め、カウフタンやクオンが武器を抜く間もなく、俺と俺に集まろうとした皆と一緒に蹴り飛ばそうとしている。
細身の体でそこまで出来るのかという疑問すら浮かばない。
でも、それくらいの威力がある。
そうとしか見えない。
だから俺は、あ、これ死んだ、と思った。
だから、助かった瞬間の嬉しさったらなかった。
「おっ!?」
細身の亜人は、殺意を載せた蹴りを止められるとは思わなかったのか、バランスを崩しながらも驚き笑う。
亜人の蹴りを止めたのは、タツコだった。
腕を盾のように構えて止めている。
その表情はいつものように無表情。
「いるじゃん! いいのがいるじゃん!!」
驚く美人は、無邪気な笑顔を見せた。
無邪気でありながら、それは悪い笑みだった。
タツコは間違いなく、そいつにターゲッティングされた。