201話 転生車
夕食後、夜中にうろうろできるような金持ちか飲んだくれ以外は早々に寝静まる頃合いに、カウフタンはやってきた。
「クオン、それは?」
「報告するっす。亜人の間者を捕まえたっす。現在、こちらのお二方に見張りを頼んだところっす」
カウフタンは怪訝そうにした後、少し考え込み、さらに不機嫌そうにしながら応えた。
「助かる。こちらはすでに手一杯だ。それにクオンが気づかなければ、こちらの人員では誰も気づかないだろうしな」
「ご理解助かるっす」
いけしゃあしゃあと言うクオンに、カウフタンは苦笑した。
「アイ様麾下の戦力を動かせるのは、オフィリア様のお力と言ってもいいのだろうな」
「あー、そうかもしれないっす」
「今の立場につけたのは、私にとって幸運か」
それは、カウフタンの今の容姿が、彼女の好みにマッチしたからかもしれない……
ということは、俺の力のおかげとも言える。
あのままいかついおっさんのままだったら、こうも上手くいくだろうか。
「……そこ、苛立ちそうなことを考えているな」
何故わかった。
「準備できたのか?」
タツコが言うと、カウフタンはうやうやしく礼をとって首肯した。
「ご案内いたします」
というわけで、カウフタンと数人の衛兵たちと共に隠し部屋を出て、誰にも見られないように商隊が使っているような馬車に乗り、町の外に出た。
町から少し距離をとり、車のライトが町の方まで見えない場所までやってきていた。
馬車から皆がおりる。
カウフタンは連れてきていた衛兵たちを四方へ見張りに立たせた。
さらに、俺たちが何かやらかした時に、馬が暴れないようにという人員まで用意している。
「お前が絡むと、何が起こるかわからん」
恨みがましい目で見られるが、そういう顔も可愛いのがカウフタンなのでご褒美だ。
「もしイセ殿が何かやらかしたら、僕らでは対応不可能っす」
「まぁな」
「同意だ」
カウフタンと、何故かタツコも、クオンの言に賛同した。
いやいや、タツコならいけるでしょ? と思ったけど口にしない。
俺、あの『竜』を、今のタツコにしたのだった。
確かに、対応不可能かもしれない。
「あまり派手にやらかすなよ」
「車を出すだけだから」
「戦車を出すのを、だけって言う感覚が怖いっすね」
「まったく」
呆れてものも言えないって態度の三人。
異世界からの流れ者は、非常識だと言いたいらしい。
「えっとタツコ、それにクオン、俺がやることの確認をするぞ」
とりあえず危ないことをやる意思がないことを示すため、これからやることを話す。
「まずハイエースを俺の中から出す。その瞬間をタツコが見る……見逃さないように」
「ああ」
「でもって、ハイエースの荷台にその亜人の入った袋を入れて、その状態で俺がハイエースをしまう」
「そうっす」
確認をとったので、さてやってみるか。
自分の中に、存在しているハイエース。
それを外に出すだけ。
カウフタンやタツコを今の姿に変えた時よりは、ずっとスムーズに出来たことを思い出す。
それができるのが当たり前で、それこそ鍵のかかっていない扉を開けるような感覚に近い。
「――待て」
タツコの声が、はっきりと聞こえた。
耳元で聞こえたような感覚。
いや、これは実際に出された声と一緒に、心の声でも伝えてきた。
「どうした?」
タツコの声にびっくりしたのは、俺だけではなく、そこにいたカウフタンやクオン、それに衛兵たちも驚いていた。
「聞こえないか?」
口元に指を置くような、静かにしろ、というジェスチャーはこの世界でも通じるらしい。
タツコは、音を出さず耳を済ませと皆に告げる。
しばらく声を出さずに音に集中する。
「聞こえるっす」
「何が?」
真っ先に反応したのは、クオンだった。
それから、衛兵のひとりがカウフタンへ方角を示す。
そちらを見た時、皆が気づいた。
明かりが見える。
とても、強い光だ。
その光が2つ。
同じ高さに、並んで見える。
ふたつの光は、次第に近づいてくる。
タツコが最初に気づいた音と、見える2つの光をだんだんと大きくさせている。
その様子に、タツコとクオンとカウフタンは見覚えがあるという感じで俺の方を見た。
「おい、すでに出しているのか?」
「…………」
声が出せなかった。
あのふたつの光は、ヘッドライトに見えた。
近づいてくる音は、エンジン音に聞こえた。
「イセ殿、もしかして……乗らなくても操れるんすか?」
「……いや」
ようやく応えられた。
まさかと思う気持ちが強いが、何となくわかっていた。
というか気づかない方がおかしいという状況がずっと続いていた。
まずこの世界は、俺が来る前から、俺の元いた世界のタブレットPCが召喚されていた。
シガさんが通信で使っているあれだ。
石版のシガースと呼ばれる理由になったタブレットだ。
それから次にアイに渡されたガラケー。
あれもこの世界に来ていた。
俺とハイエースも、召喚されたのだ。
だから、おかしくはない。
ハイエース以外の自動車が、この世界に召喚されていてもおかしくはない。
俺たちが注目する中で、その自動車は俺たちの前までやっていた。
ハイエースよりも、力強く、大きい音を響かせている。
あの特徴的なディーゼルエンジンの音だ。
車体も、ハイエースより大きい。
「……トラックか」
俺がレンタルする時に候補にあがっていて、1500キロまで積載可能な、あのトラックだった。