194話 帰ってきたエジン公爵領
教皇庁から離れて野営した場所から、エジン公爵領城下町まで、急げば1日でたどり着く旅程は、2日かけることになった。
理由は、エジン公爵領側で受け入れ準備があるためだ。
アイが魔法でオフィリア嬢へ連絡したところ、そういうことになったらしい。
たった2日で受け入れ準備が整うっていうのは、相当無理してのことだろうと思う。
車が当たり前な元の世界ならいざしらず。
馬や徒歩が当たり前なこの世界で、1~2日とか準備期間なしと言っているようなものだ。
ウルシャさんが言うには、アイのおかげでその辺の非常識さには慣れているとのこと。
AI機関があることで、オフィリアさんやエジン公爵で公務にあたる人たちは、多少そういうのは慣れているみたいだ。
ということで、旅程は少し楽になった。
のんびりと休憩を多めに入れながら、夜前には丁度いい野営地を見つけて、ゆったり準備。
そこでまた、シガさんからの電話が来る。
出るかどうか迷ったが、居留守を使おうという話をして、ベルの音量を下げ、毛布の中へしまった。
しばらくうるさかったが、鳴り止んだ。
「何かいい情報が得られたんじゃないか?」
アイが少し名残惜しそうに言うが、俺は首を横に振る。
「だとしても、受け答えは危険だ。こっちが話すことや、逆に黙ることで、向こうは俺たちの状況を把握しちゃうだろうから」
それについては同意なのか、クオンとカウフタンがうなずいて、俺の警戒心は説得力を得た。
そして野営地で一夜を過ごし、エジン公爵領へと入る。
入ってからは出来る限り人通りの少ないところを進み、近くの森で皆をハイエースから下ろす。
そこでふとある疑いが出た。
野営道具はハイエースの荷物として後部座席に積んだまま、俺の中にハイエースをしまうことができた。
だが、仮死状態の彼はどうだ?
俺の疑問には誰も応えられない。
「やってみればいいのでは?」
ぶっつけ本番の実験に、仮死の竜騎士を使ってもいいというケアニスのひと言に、タツコが動いた。
躊躇なく彼を抱えて下ろす。
まあ、その方がいいだろう。
「残念ですが」
飄々と言うケアニスに、冷たい視線を送るタツコ。
こんなところで争いはやめてくれよと思いつつ、俺はハイエースを自分の中にしまった。
それを見て、見たことがある者も、ない者も、ぎょっとして俺を見る。
なんとなく俺からすると、こっちの方がしっくりくるので、驚きに値しない。
逆に俺の方が、ハイエースに一体化したこともあるくらいだ。
俺のチート能力はこういうものなんだろう、と実感する。
駐車場いらずの便利さは、チートと呼ぶにふさわしい。
「それじゃ、行こうか」
驚く皆を促し、エジン公爵領城下町へ徒歩で進む。
アイが魔法で連絡をとり、身を隠して町に入れる馬車が迎えにくる合流ポイントへ。
そして、俺たちは無事、何事もなく、城下町へ入り、エジン公爵の屋敷へ行くことができた。
不吉な気配を感じたのは杞憂だったのかもしれない。
公爵の執務室へ入ると、オフィリアさんが出迎えてくれた。
「ようこそ、エジン公爵領へ。『神器』の方々のご滞在、歓迎いたします」
形式張った中に、本当に歓迎しているような雰囲気を漂わせているオフィリアさん。
アイがいて、ウルシャがいて、クオンとカウフタンが戻ってきたことは、彼女を安心させるのだろう。
「歓迎の宴はいらないぞ」
「わかっております。お食事をとりながら、今後のお話……いえ、まずアイ様たちの身に何があったのかをお聞きしたいです」
アイのノリが分かっている領主は、長々とした形式を上手に省く。
エジン公爵領は先代を不意に失い、教皇庁やサミュエル自治領に取り込まれるかと危ぶまれている。
だが、オフィリアさんがいれば、そんなこともなく乗り越えられるのかもしれない。
上手く使えれば、強力なメンツがここに揃っているわけだから。
というわけで、その日のうちに流れるように食事を兼ねた報告会が開かれる。
アイがメインで話し、ウルシャとカウフタンが補足をすることで、俺が口を挟まなくてもだいたいのこちらの事情は、オフィリアさんとその側近たちに伝わったかのように見えた。
『竜』との対話のはずが、戦いになったこと。
その戦いは、俺たちと亜人たちと天使たちで、『竜』に挑む形で行われたこと。
戦いの中で、俺が『竜』を人の姿にして、それがタツコであること。
その後、教皇庁と天界との争いになり、ケアニスによって天界の力を削ぎ落としたこと。
相対的に、サミュエル自治領の力が今後増大していくこと。
全てをほぼ包み隠さず話したことで、彼女たちは皆、顔面蒼白だ。
事態のヤバさが、はっきり伝わっていてありがたい。
「ってことで、アイたちを騙したサミュエル卿とは不仲だ。それにこっちには仮死状態の初代教皇にして竜騎士もいる。教皇庁や天界とも不仲だな。元々堕天使がこっちにいるから変わらないけど」
食後のスイーツを美味しそうに食べながら、アイはこともなげに言う。
オフィリアたちは、飲み物も喉を通らない状態だ。
まあ、そうなるよな……
「オフィリア、こんな状況なんだが……」
「サミュエル卿と、シガース様を頼れないのですね」
「うん。アイたちがいることでオフィリアたちがにっちもさっちもいかないなら、出ていくぞ」
「いえ。それはありえません」
オフィリアはきっぱりと言う。
「我らが『神器』様方を、追い返すような真似、エジン公爵として看過できません」
そのひと言に、オフィリアの側近たちは居住まいを正したように見えた。
「私から提案があります。コンウォル辺境伯へ、協力を仰ぎましょう」
コンウォル辺境伯って、誰だっけ?
「亜人たちとの境にある、魔境城塞のあるところっす」
「あ、思い出した」
クオンに教えてもらい、俺は元々その魔境城塞に居着いていたケアニスを見た。
ケアニスは特に反応することもなく、ただ食後の茶を美味しそうに飲んでいた。