193話 危険な帰路
エジン公爵領へ戻るため、まず荷物をまとめ始める。
野営のために広げていた細かい荷物を片付け始めたのは、クオン。
そしてカウフタンは、大きいテントを手早く畳んでいる。
「あなたにこのようなことを任せてしまってすみません」
ウルシャは、私物を片付けるアイのそばに立ちながら、カウフタンへ言った。
カウフタンは、ふっと微笑む。
「気にするな。あなたには大事な護衛がある。それに今はあなたたちについてきただけのただの衛兵隊の戦士だ。隊長でもないしな」
皮肉ぎみに言うカウフタンに、少し困った微笑みを浮かべるウルシャ。
ここで俺が微笑んだりすると、睨まれそうだ。
「おい、何笑ってる」
どうやら笑みを浮かべてしまったらしい。
「いや、微笑ましいなと思って」
「お前はさっさと手伝え。積み込みくらいはできるだろ」
言われるがまま、まとまった荷物を運び始める。
「こういう時こそ、鬼たちを使えばいいか」
「やめろ。目立ち過ぎだ」
「もうだいぶ目立ってるから、今更じゃないかな」
「目立つ機会は少ない方がいいんだ。堂々とし過ぎるな……ああなりたいのか?」
ああ、と言いながら、ケアニスとタツコの方を視線で示す。
なるほど、と思いながら、無言で荷物運びを手伝い続けた。
黙々と片付け、あとは人が乗るだけっていう状態までいったあたりで、帰り道の確認をとクオンとカウフタンアイとで相談を始めた。
クオンが覚えている地図を地面にさらさらと描き、出来る限り人目につかないルートを確認した。
「最短距離でも、イセ殿の戦車なら大丈夫じゃないっすかね」
「あの車のことを知っているサミュエル卿の手の者がいると見ていいのではないか?」
「それは気にしてもしょうがないんじゃない。元々バレバレだ」
「それも……そうですね」
「なら最短距離っすね」
3人の話内容と、地図の縮尺がどれくらいかをクオンから聞いて、だいたいの走行距離を割り出した。
俺、マジで地図が読める男なんだな。
我ながら驚くくらいナビいらず。
「……目立つこと気にしなければ、帝都まで行った時より早く戻れそうだ」
「そんな早く……」
「……戦略が変わる武器だな」
クオンとカウフタンは目をみはり、振り返ってハイエースを見る。
性能を知れば知るほど、諜報と軍事のエキスパートであるふたりは実感をもって驚いているように見える。
元いた世界のモータリゼーションっていうのは、本当に画期的だったんだろうなと思う。
「慣れてきましたね」
ふと、ケアニスが声をかけてきた。
「慣れ?」
「この世界の常識に、慣れてきましたよね。何故彼女たちが驚いているのか、わかってきている」
見透かしたように言うケアニス。
「流石に、これだけウロウロしていれば」
「その調子でどんどんあなたの異質さを理解していってください。その先に、あなたの力の解明がありますから」
「まるで、先の先までわかっているようなことを言うよな、ケアニスって。ほんとはこの力、知っているんじゃないか?」
と言うと、ケアニスが今度は驚いたように目をみはる。
「知らないと言っているじゃないですか。私はこれまで嘘はついてないですよ」
「本当のことも言っていない」
「思い違いです。こう見えても、天使っていうのは嘘をつくのが苦手なんですよ。だから人間や亜人にしてやられているんです」
「それを堕天使のケアニスが言っているのが、疑わしい」
「人間の考えの基準は、まだまだ理解が難しいですね。だからこそ私は知りたいんですけどね」
ケアニスの視線は、どこか敵意があるように見えた。
「あなたのようなものを生み出した、人間っていうのはいったい何なのか。それを解き明かしてみたい」
これ以上、ケアニスと話し込んでいると、足元がグラつきそうなので無言で打ち切った。
「タツコは後部座席に乗った? んじゃ、そろそろ行こうか」
危険物やら危険人物たち複数乗せて、俺はハイエースを帰路へと走らせる。
この帰還は、今まで以上に不吉な感じがした。