190話 死さえも
朝っぱから、縁起が悪いのか、それともこの世界ではこんな風にしている人がいるのは当たり前なのか。
そういえば聞いたことがある。
都市文明が当たり前になると、人は生物の死と対面する機会が減る、と。
都市の中では、死骸があると町を管理する側が、衛生上や宗教上の理由で綺麗に排除する。
だが都市の外は、そういう者はいない。
自然と、死骸はそのままになり、生物の死後の姿というのを目の当たりにする機会が増える、と。
なんかそういう話を聞いたことがある。
だから……普通なのか?
タツコが大事そうにかかえているアレ。
あんな風に死体を抱え持つのは、普通の常識なのか?
でもよく考えてみたら、異世界転生にあるRPG的なイメージに添うかもしれない。
死体の入った棺桶ひきずって町中練り歩くRPGがあった。
あれと思えば、自然……か? かな?
「それでタツコ。そいつは死んでいるのか?」
アイが普通に聞いて、俺は驚く。
だがみんな、驚いていない。
っていうか、どっちかというと警戒している感じがする。
「死臭は全然しないな。いったいどういうことだ?」
「…………」
タツコは黙っているが、若干怒っているのがわかる。
見るからにわかるほど、怒りをこらえている。
アイが一歩下がって、ウルシャが守るように前に出る。
殺気とは違うが、この元『竜』の怒りから守らねばならないという護衛の意思が自動で発動したかのように見えた。
「それは私から説明しましょうか」
「ケアニス、しゃべるな」
堕天使ケアニスが、昨夜の調子で話だそうとした時、タツコは止めた。
その怒りの矛先は、ケアニスに固定される。
タツコの怒気をまともに受けてもひるまないケアニス。
「説明しなければ、みんな納得しませんよ」
「我とて納得しておらぬ。このような所業を見て、人間を滅ぼさぬ自らの我慢強さに驚いているほどだ」
「ならば、あなた自身で彼を守るべきでは? みんなを頼らずに」
怒気はさらに膨れ上がる。
この場にいたくないと思えるほどだ。
「それができれば苦労はない、ですよね」
ケアニスは言いながら、俺の方を見た。
じっと見つめられて、焦る。
え? あれ? ひょっとして俺がこの場を収められる立場ってこと?
ケアニスからは、タツコの怒りを何とかしたり、この場を丸く収めることができない?
つまり俺が、何の説明も求めず、あの死体を載せてやれば済むってこと?
だけどこの件って、どっちかというと……アイにかかっているよな。
その死体の運び先は、エジン公爵領だ。
正確には、エジン公爵領に居着くアイが、タツコごと責任を持つみたいになるのだから。
シガさんらに押し付けてしまえばよかったが、今となってはそれは無理だ。
俺はアイに近づいて、耳打ちする。
「なあ……あれ、荷台に入れていいか?」
「むむ……」
「おいていいってしないと、多分いろいろ面倒なことになるぞ? タツコ、ひきそうにないし……あれって何なんかくらい、教えて貰えればいいんだが……」
「……あっ!?」
アイが何かに気付いた様子で、俺とウルシャの前に出て、タツコに話しかけた。
「なあタツコ……その人、大切な人なんだろ?」
「っ!?」
アイのひと言に、タツコはあからさまに動揺して見せた。
そしてアイは、じっとタツコを見つめる。
怒気におびえていた姿とは全然違う。
「タツコ、アイのところに来い。悪いようにはしない」
そう言うアイに、タツコは目をそらす。
「このままどこに行く? あの帝都にでも戻るのか? 騒ぎになるだけだ」
「あそこに戻る理由はない」
「だろうな」
アイが納得しているという返事を聞いて、ひとつ大きなため息を吐いた。
それは今まで溜め込んで、抱え込んでいたものを、大きく吐き出したように見えた。
「こいつを預かってくれるか?」
「ああ、イセの車の荷台なら大丈夫だ。一番安全だ」
俺の預かり知らぬところで話が進む。
突っ込みたい気分にならないのは、なんかふたりだけでわかる、ふたりだけのいい話っぽい雰囲気だからだ。
これはきっと、アイが『竜』を止めた時のあの魔法だ。
あの魔法で精神に触れた時に、アイは何かを知った。
だからアイは、俺に助けろって言ったんだ。
その声に応えた俺は、アイの期待に応えざるを得ない。
「なに、流石のイセも、死体までは女の子に変えないさ」
「「「「「なん、だと!?」」」」」
アイのひと言に、そこにいる全員がギョッとして俺を見た。
……俺も一緒にびっくりした。