189話 面目躍如
排気ガスの臭いなんて一切しないクリーンで清々しい朝のいい雰囲気が、シガさんとの対話終了で台無しになった気がした。
台無しにしたのは俺だ。
「師匠が何か企んでいるのは許せんが、これからどうするんだ?」
「エジン公爵領に帰る……?」
「アレとアレを連れて?」
アレとアレと指示代名詞を使って表現する視線の先には、そのアレとアレがいた。
堕天使の名に相応しい行いをするケアニスと、まだあんなのを抱えている元『竜』のタツコだ。
ふたりはゆっくりと歩いてきて、俺たちに合流した。
「どうしました? 何か困りごとでも?」
全員の視線が、主にお前が困らせている気がすると語っている。
ってことで、そこまでではないが困らせているひとりであることを自覚している俺が、責任をもって状況を話した。
「シガさんが何か企んでいるみたいだから、サミュエル自治領へ向かうのはやめた」
説明は簡単に終わった。
「ではどうするのですか? しばらく野宿生活ですか?」
「それはイヤだ」
最初に拒絶したのはアイだ。
でもその声に、タツコ以外が同意している、気がする。
「発言許可を求めるっす」
「いいぞ」
許可を与えたのはアイだ。
今現在この場を仕切っているのはケアニスだが、俺たちが『神器』として支持しているのはあくまでアイなので、そこで負けてないのはありがたい。
「やはりサミュエル卿を利用するのはどうっすか? 彼らの企みに乗った上でこの状況っすから、上から行けるっすよ」
「はい、私にも発言の許可を」
「ケアニス、どうぞ」
アイは司会者となった。
「元々上から行っているのに、こう追い込まれているのではないですかね? 彼らを潰さない限り、いくらでもやってくるのでは?」
どうやら上から行っている自覚はあるようだ。
「むむっ、確かに。潰せるのなら潰しておきたい目の上のたんこぶではあるっすけど、難しいっすね」
「サミュエル卿はともかく、師匠がとんでもなく腹黒イメージになっているな。新しもの好きな小物イメージだったんだけど」
「アイのシガさんイメージが、一番ひどいな」
「アイの方が、魔法の才能はずっと上だったからな」
今はそういうところを競う場ではないのに得意げに胸を張るアイが可愛い。
「アイ様、私にも発言許可を」
「いいぞ」
いいぞと言いながら、こういう時にウルシャが発言するのは珍しいなと思ってそうなアイ。
俺も、そう思う。
「アイ様をお守りする上で、私はサミュエル自治領へ行くのは反対です。いくらケアニス殿やタツコ殿、イセ、私やクオン、カウフタン殿がいたとしても、帝都の時のような手を使われたら、どうしようもないです」
すっごい真っ当な意見が飛び出て、皆が納得する。
確かに、とうなずかざるを得ない。
「ウルシャさん、しかしながら、それはもうどこにいても同じではないっすかね? どこか隠れて暮らさない限り」
「隠れて生活するなら、イセさんの車は丁度いい、ということですか?」
ケアニスの意見に、クオンは首を振って否定する。
「帝国内でも、その外でも、生活するには物資が必要っす。その物資の流通をしている立場のサミュエル卿なら、居所を探るのは容易と思うっす。もちろん、イセ殿の力を持ってすれば、だいぶ長い間、隠れられるとは思うっすけど、その時間稼ぎは必要っすかね?」
「発言許可を」
「別に勝手に話していいぞ?」
アイが司会を投げ、カウフタンが話しだす。
「では。クオンの意見を補足すれば、あちらはこちらの動きを把握しやすい状況にあります。帝都へ向かってすぐに連絡をとってきました。彼らのこちらの動きを予測する力もまた侮れません。おそらく我らが想定している以上の情報収集力があると見ていいでしょう」
カウフタンが、ちらりとケアニスを見る。
ケアニスは苦笑した。
「慧眼ですね。シガースさんとサミュエルさんは、そういうタイプです。明確な『力』が無いが故に、強かですよ」
「では、ほとんど答えは出たようなものではないでしょうか」
ウルシャのひと言に、ケアニスはうなずくが、俺はわからん。
それに気付いたカウフタンは言う。
「エジン公爵領へ戻りましょう。我々が万全を期せる場所は我らの国です。そして守らねばならないのは、アイ様です」
「……わかった。決まりだな」
アイの決断に、ウルシャとクオンとカウフタンが大きくうなずいた。
そして、それに同意する姿勢なのがケアニスと俺。
だけど、ひとりだけ話に参加できていない者がいた。
アレを大事そうに抱えているタツコだ。
そのタツコに、アイが声をかける。
「タツコ。その者と一緒にアイのところに来い。悪いようにはしない」
タツコは、アイの誘いにゆっくりと口を開いた。
「条件がある」
「飲もう」
「聞いてからにして」
アイの即断即決を超える許可を、俺は抑えた。
「条件はなに?」
「こいつをお前の……イセの車の荷台に置かせてくれ」
初めてだった。
普通にモノの運搬を頼まれた。
ハイエースの面目躍如と言っていいだろう。
なのだが、そのモノが、いったい何なのかが、とても気になる。
俺は、抱えている形が、アレに見えてずっと気になって、問いただせずにいた。