186話 幕間 その5と6
【幕間 その5】
召喚戦士イセの戦車の外を見張っているカウフタン。
その視線の先には、少し離れてもはや影しか見えなくなった天使ふたりと、元『竜』。
カウフタンの視線に気づきつつも、警戒することなく天使ふたりは話し続ける。
「休んでいけばいいのに。彼らキルケ先輩を害する気はもうなさそうですよ?」
「教皇庁へ戻る。やることは山積みだ」
「わかりました。天界の立て直し、お願いします」
「お前がいうのか……」
怒りと呆れの含んだ視線をケアニスに向けるキルケだが、ふと思いついたかのように口にする。
「いや、そういうなら……初代教皇の身柄を返してもらおうか」
そのひとことで、ふたりの天使が、会話に参加していなかった元『竜』のタツコへと視線を向ける。
「…………」
彼女はただ黙っていた。
それを見たケアニスは、やれやれと肩をすくめる。
「力づくならいつでもお受けします」
「……いつか、この借りは返すぞ」
望みは一切叶えられず、キルケは去っていく。
徒歩で教皇庁まで戻るのだろう。
真力を失った天使の歩みは、人と同じだ。
帰るのに、丸一日はかかるだろう。
捨て台詞を吐いたキルケの背中を見送るケアニス。
「タツコさん、そんなに大事にかかえていると、それが大切なものだとバレますよ」
「…………」
それでも黙っているタツコ。
だが、怒気だけはわかる。
それは『竜』だった頃から変わらない。
己の望みが敵わぬ不満からくる怒りだ。
その怒りを受け流し、話し続けるケアニス。
「真力で、初代を隠す方法をお教えしましょう。私が用意してもいいのですが、そこまでの信頼はないでしょうし」
「……お前、何を考えている?」
多くの人が、ケアニスに同じ質問を投げている。
だが、彼は飄々と受け流す。
「言いませんでしたっけ? 私は私の望みを叶えるために動いています。必死ですよ、実際」
「あの『神』とつながっているのか?」
「まさか。堕天使と唾棄されたこと自体、気に入っているんですよ」
その台詞が紡がれた一瞬だけ。
ケアニスは、タツコと同じ怒りの気配を発した。
【幕間 その6】
サミュエル自治領の領主の一室。
部屋の外には衛兵や隠密を忍ばせているが、この部屋にいるのはサミュエル卿のみ。
その部屋にある執務机の上で、タブレットが振るえて、ランプが点灯した。
サミュエル卿は、慣れた手付きで通話モードに切り替えた。
「サミュエルくん、報告だ」
声の主は、シガース。
石版のシガースと呼ばれる、アイと並ぶ『神器』のひとり。
そして、元魔術師だ。
「いつもより早いですね。アイ様たちにつなげましょうか?」
「いや、そっちはいいよ」
「……今度は何をする気ですか」
「まず鬼王に連絡してくれ」
「またですか。アイ様たちとの関係、修復する気はないんですか?」
「怒らせるのはもはや仕方ない。お前もわかっているだろう? アイとケアニス、それにイセに『竜』だ。天界の天使たちの分が悪すぎる。確かに教皇庁と天界は商売敵だが、ここまでバランスを崩した状況は通商連合にとってもプラスとは言えないだろ? だから――」
「亜人連盟を動かすんですか。天使と亜人が手を組みますかね」
「無理。だから個別で……敵対してもらう」
「天界で荷が重すぎるのに、相手になりますか」
「相手になるようにするんだ。だからこうして裏から手を回しているんだろ」
「シガース様、セコいですよ」
「うるさい。こっちも必死なんだよ。だいたい私だけ手間暇かかるハードモードなんだ。裏から手を回すくらい大目に見てくれ」
「はぁ……大目に見るも何も、もはや一蓮托生ですから。それで、報告って何でしょうか」
「朗報になる。地道にやってみるんだよ。手がかりを得た」
「……何の、です?」
「そっちに帰る方法」
「え……」
「それで鬼王が必要なんだ。あいつの召喚術がな」
「シガース様を召喚することでこちらに戻ってこられるんですか!?」
「いや、そこまではできん。だがその代わりに、あるものを用意した」
「……聞きましょう」
「こいつはな、レンタカーじゃない。盗難車だ」
「は?」
「鬼王も、こいつがあれば……イセに対抗できるだろう」