183話 『竜』と『真力』
人気のない夜の森で、淡々と語られる話は、とても雑談で済まされるものではなかった。
真力と、『竜』の力が同じ、とか。
「それって、どういうこと?」
興味深い内容だけど、やっぱりついていけてないので、近くのカウフタンに聞いてみるが、黙ってて無視される。
いや、無視じゃなくて彼女もついていけていない?
それ以上に驚いて声も出ない?
「言った通りの意味ですよ、イセさん」
代わりに、言ったご本人のケアニスが自然体で応えてくれた。
「『竜』のあのとんでもない力と、天使が使っている真力が同じ。そのままの意味?」
「ええ。あの時まで、誰も対応できなかった『竜』の絶大なる力と、真力は基本同じものです。この世界の内なる力を蓄えて使っているわけです」
「天使は、天界に用意した装置を使って。私は私が用意した装置を用いて。『竜』はその絶大なる生命力を土台にして使っています」
生命力、と言われて納得がいく。
俺が、俺の力を使って『竜』を今のタツコにした時、その巨大な生命力は感じざるを得なかったから。
心底、合点がいってしまった。
「その力のシステムを、真力という形にまずしたのが……初代ツァルク1世です」
「……は?」
頭がこんがらがる。
タツコが、あの『竜』が会おうとしていた人物がツァルク1世だったはず。
そしてそれは過去の……初代教皇という話で……
「それを口にしたのか、ケアニス」
声のした方に向かい、驚愕の視線を向ける皆……いや、ケアニス以外の皆。
ケアニスの視線は、すでにそっちに向けられていた。
「タツコ」
声をかけた俺に応えるように、タツコは木々の間から歩いて現れた。
……誰かをお姫様抱っこしたまま、現れた。
誰だ? 誰を抱えている?
なんとなく察することができる。
そして、この類推できる状況を作ったのは間違いなく……
「ケアニス、ずいぶんと口が軽いな。それでも天使なのか」
「堕天使、みたいですから。そんなことより、もう追いつかれたのが想定以上です」
「飛んできた。闇夜でもよく見えるしな。お前に教わった力の使い方のコツは、役に立つ」
「それは良かったです。『神』より引き継いだ技を先人の天使たちによる研鑽が、お話したコツですよ」
「何を教わったんだ、タツコ」
剣呑な雰囲気のタツコに、素直な疑問を投げかけたのはアイだった。
そして応えたのはケアニス。
「私が真力の使い方を教えました。タツコさんは『竜』から人になったので、使えるのではと」
「……なるほど。なるほど……となると確定だな。『竜』の力と、真力は同じというのは。ほぼ同じというより、完全に一致だ」
アイはそう言って……事態についていけていない俺たち人と、力を失った天使キルケを含めて動揺している中で、ひとり笑う。
「……『魔法』の復活は、必要だな」
ひとりだけ、やる気満々というのが見て取れた。
よくわからない状況であるが故に、その姿は頼もしい。
さすが人類代表。
「真力とは、『竜』の力を体系化したもの。そうだな?」
「はい」
ケアニスが笑顔でアイに応える。
「それを可能にしたのは……ツァルク1世か!?」
アイが、タツコが抱える人物を指さしながら言う。
「はい」
「世界の危機を救ったという伝説の竜騎士ツァルクは、『竜』の力を借りた。本来彼だけが使える『竜』の力。それを天使たちは真力という形に変えて、使えるようにした! そうだな? だな?」
興奮して聞くアイに、ケアニスが応える。
「はい、そうです。流石アイさん、そこにすでにたどり着いてましたか」
「ならばだ! ならばそれは『魔法』でも確実に再現できる。その証明になるな」
それを聞くケアニスはうなずかない。
ただ、笑って見ている。
それが俺には……気味悪く見えた。
「待て! 何故だ? 何故それを知っているんだ、ケアニス!!」
キルケが叫び、話に入ってくる。
「それは……それは『神』の領域だ! 我々とて知る者の少ない、真力を与えてくださった『神』にしかわからぬ領域の……その知識だ! それを何故ケアニスが――」
「違いますよ。キルケ先輩」
ケアニスは、アイに応える時以上に、教えを請う生徒に教える先生のように告げる。
「この知識は、『神器』の領域です」
「なっ……」
驚くキルケ。
だがもう驚くことすらできない。
何が彼らの間で語られているのかも分からない。
アイが無邪気に喜んでいるのが、遠く感じられるほど。
「……わかる?」
近くにきたクオンに聞いた。
「……全然っす」
俺もクオンも、多分ウルシャもカウフタンもついて分からない。
「あなたはついて来て下さいよ」
突然、ケアニスが言った。
あなたとは誰か。
彼の視線が、俺に向けられていた。
俺か?
ケアニスはうなずく。
その時の彼は……笑っていなかった。
「『竜』と『天界』の関係がここまで明かされた原因は、あなたじゃないですか」