179話 『神器』としての目的
街道はずれの木々の多い森。
しかもすでに暗くなり、ランタンの明かりが灯される中で行われる会話は、世界を左右するとても重要なものだった。
だがそれも短く、ケアニスによる一方的な語りで終わる。
それがケアニスとキルケ、両者の勝敗の差を色濃く表しているようだった。
そしてしばらくの沈黙の後、話し始めたのはケアニスだった。
「今日は夜になりましたし、休んで行きますか?」
「は?」
キルケは、ケアニスののんきな物言いに、苛立ちの疑問をぶつける。
「徒歩で帰ると、半日はかかりますよ」
「……このまま私を解放する気か?」
それを聞いたケアニスは苦笑する。
「解放といえば解放ですが、真力を失ったあなたなら、どこで何をしようが私の手は届きます」
言われた者に、緊張を強いる宣言だった。
「キルケ先輩が天使として、そして『神器』としてどうするのか、今後の行動を見た上で、対応させていただきます」
キルケは怒りに声を震わせる。
「とことん私を……天使を愚弄するのだな」
「そう思ってもらっても構いません」
「後悔させてやる」
「ええ。それくらいでないと。私はともかく他の『神器』に遅れをとりますよ」
いや、ほんとケアニスって容赦ない。
天界を捨てても、天使たちを見捨てても、己は一切傷つかないし、立場も維持されていることがさも当たり前。
それでいて、どこまでも上から目線で見てやってる。
こういうのを慇懃無礼って言うんだろうな。
同期にこんなのがいたら、さぞ辛かっただろうなと思う。
ウルシャもクオンもカウフタンも、若干俺と同じような同情の視線を向けている気がする。
それもまた、キルケを苛立たせているだろう。
そこまで落ちぶれちゃいない、と。
「……天界へ戻る」
「はい。ではまた」
「え! ま、待った! ちょっと待った!」
キルケとケアニスがその場を締めようとしたところで、アイが待ったをかけた。
皆が注目する。
「ケアニス、このまま本当に帰しちゃうのか」
「……はい」
「今のうちに、キルケを邪魔にならないようにして欲しいぞ」
「「「「え……」」」」
クオンを除いた皆がギョッとした後、容赦ねぇって顔をして見ている。
それを見たアイが、あれ? って顔をした後、引っ込む。
「ごめん、今のなし」
「「「「えぇ……」」」」
「いや、今のはキルケやっつける流れかと思って。だってほら、キルケ、大変だったじゃないか。死ぬかと思ったぞ」
「それはまあ……」
「そうっすね」
「う、うむ……」
アイの言っていることは本当で、ウルシャとクオンとカウフタンは同意する。
俺も頷かざるを得ない。
真力で対抗されない今のうちに潰しておくのは、理にかなっている。
だが、状況は違う。
キルケたちを上回る、圧倒的な力を持った存在が、この場の状況を作っている。
「アイさん。『神器』は協力すべきとは思いませんか?」
その状況を作ったケアニスが言った。
「思う」
アイは躊躇なく素直に頷く。
「アイさんは前に言ってましたよね。『神器』は『神』を目指して争い合うのではなく、協力して世界を支配すべきだと」
「支配って言ったかな? まあだいたい概ねそんな感じのことを言った気はする」
すごい曖昧だった。
「私はそれに賛同しかねます」
「ええっ!?」
あれ? 協力体制に賛同しないなら、キルケをここで潰してもいいって流れ?
それに気づいたキルケもまた、緊張に顔をこわばらせる。
「なんで? 協力してくれてんのに?」
「自分の目的のための協力は惜しみませんが、アイさんの言っていたことは協力のための協力って感じで、正直ありえないって気分です」
「そ、そっかー」
アイの視線がケアニスからそれる。
あからさまに動揺している。
「なので一応、私はアイさんの目的に叶うように、振る舞っているつもりだったのです。キルケ先輩をやっつけるというのは、アイさんの言ってたことと矛盾してませんか?」
あぁ、それはそうだ。
ってみんな思う。
でもアイは違った。
「あ、ああ言えばこう言う!」
ここにもまた、圧倒的な勝者と敗者の構図があった。
ケアニス無双だ。
この場合は相手がチョロすぎた気がしないでもない。
「まあ私はどっちでもいいですよ。目的のために手段を選ばないのも悪くない」
と言いながら、ケアニスは俺を見る。
こっちを見てにこりとしているだけなのに、蛇に睨まれた蛙の気分になる。
生殺与奪権を他人に握られているってこんな気分か!
「私も『神器』として『神』を目指しています。その道程にあなたたちがいた。しばらく仲良くやるのは悪くないですよ」
この場は、これで決着がついた、と思っていいだろう。
マジ、ケアニス無双。