176話 天界の異変?
「キルケ様を、よろしくお願いいたします」
言われたアイとクオンは頷く。
「わかったっす。あのキレーな顔をトカク姉さんの分までボコボコにするっす」
「あのキレーな羽根を、面白い方向に曲げてやるのはどうだろう」
「いいっすねっ」
子供っぽい嗜虐心じみたことにびっくりしたのか、トカクは止める。
「やめてください!」
「「ん?」」
「そういう意味ではありません。穏便にお願いします」
クオンもアイも、なんだ恨みとか無いのか、ならいいか、という感じの反応だ。
ふたりの反応を見るに、別にこの世界の人だから分かるとか、教会について知っているから分かるとか、そういうものでもないらしい。
ということなら、俺は俺でひとつ疑問があったので、この際だからと聞いてみた。
「すみません、トカクさんひとつだけ聞かせてください」
「応えられることでしたら」
「キルケと話していた、裏切ったわけではない、という話はどういう意味だったんですか?」
それを聞いて、トカクはそれならすぐに応えられると微笑む。
「キルケ様にも伝えた通り、私は人間の味方、という意味です。天使様方の意思はわかります。教会のトップの立場にいる者として、最も重要なことのひとつです。ですが、それはあくまで天使様たちにとって必要なことで、人間にとっては、違う時もあります」
「教会は、天使の味方ではない?」
「そんなことはありません。私が考える教会は、人間のために必要、というものです。教会は天使様たちが人間のために作ったものですから」
逆ではないだろうか。
天使のために教会があり、人間たちを管理・操作するためのもの、である可能性はないだろうか。
だとしたら純粋に人間たちのためというお題目に忠実なトカクは、天使にとっては裏切りなのかもしれない。
「この『神』のいなくなった世界では、天使様たちは無くてはならない存在です。しかしキルケ様は、人間にとって必要な教会、ではないものに変えようとしている。少なくとも私にはそう見えました」
俺はそれ以上話す必要はない、と話を止めた。
「だいたいわかりました。話しにくいことだったと思います。ありがとうございます」
教会という人々の心のよりどころとなる場所のトップが、人のために天使とすら戦う覚悟がある人だった。
こういう人なのは単純にありがたい、と思った。
「キルケはこちらで預かります。それでいいよな、アイ」
一緒にトカクの話を聞いていたアイは、うなずく。
「元よりそのつもりだからな。キルケをこっちに置いておくのは、アイにとっても必要だ」
どうして必要なのかは、ひとまず教皇庁を出てから聞こう。
トカクも、アイの必要という言葉にひっかかりを覚えて聞こうとした。
「詳細は……まあ、すぐに結果は出ると思うんだが、まあいいか。えっと、ぶっちゃけて言うと、『真力』が使えなくなる」
「それは、はい。キルケ様に逆らったため、私は天界との真力の繋がりは断たれています」
「あ、そうなのか。でも、そういうことではない。真力自体が、使えなくなる」
そう言っても、ピンと来てないトカク。
俺もそうだし、聞いているクオンやカウフタンも。
だが、ウルシャだけは分かっているのか、深刻そうな顔をしている。
「つまりだ。天使たちも真力が使えなくなる」
「……え」
「それがずっとなのか、一時的なのかわからん。そこは天使たち次第だが……しばらくは天界自体がトバタバするだろうから、天使たちも教会にかまけている暇はない、とかになるんじゃないか」
「……あ、ま、まさか、そのようなことが……ありうるのですか?」
「お、気付いたか。アイも驚いた。まさか天使たちも、魔法使いたちが陥った状況になるとはなぁ」
トカクの反応に、アイはフッと微笑む。
「教皇猊下、あとは頼んだ。教会を何とかするなら、このタイミングを置いて他はないだろう」
アイの言葉に、トカクは深刻そうに頷き返す。
「はい。アイ様」
それだけ話し、教皇庁の門の前で、トカクを下ろす。
トカクは、門扉を守っていた衛兵達に取り次ぎ、中で指揮をとっていた隊長らしき人物に話して、門を開けるように命令している。
責任は、教皇である私が取るとまで明言しての開門だ。
開いた門をくぐり抜ける時に、俺は運転しながら精一杯のお辞儀をした。
それからは、一気に距離を取るためにアクセルをベタ踏みする。
ハイエースは、気持ちいいくらいのエンジン音をさせて、加速していく。
「何が、あったんですか?」
俺はアイとウルシャに聞いた。
するとアイではなく、ウルシャが応えた。
「私も見た」
「見た? 何を?」
「ケアニス様が、『真力』の仕掛けを破壊したんだ」