表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/280

175話 いったい誰が悪いのか

 天使長キルケを拉致し、大聖堂前から車で逃げる俺たち。

 ナイスなドライビングテクニックで、人々が右往左往する道を難なく運転する俺。


 皆、車上の人となったため、少し冷静に考える余裕ができていた。


「アイたち、こういう犯罪っぽい行為に手慣れてきてないか?」


 大問題に一石を投じる台詞に、ウルシャさんが応えた。


「確かに、アイ様は自らこういうことをされることはなかった、ですね」


「うん。こんなに動き回ることなかったからな」


「それは、イセ殿のせいっすね」


「俺か。俺のせいなのか」


 あっけらかんと言われてショックを覚える。


「いや、イセのせいというわけではない。アイ様を取り巻く環境が変わり、それを助けたのがイセだ」


 ウルシャさんが俺のことを評価してくれた。

 うれしい。


「だがイセのこの戦車は、女の子の拉致目的なんだろ?」


「違う! 断じて違う」


「じゃあなんで、ああなんだ?」


 ああ、と言いながら、キルケを指さすアイ。

 ぐぬぬ。


「違うぞ」


 カウフタンが、その縛られているキルケに警戒しながらアイの言うことを否定してくれた。

 まさかカウフタンが俺の味方をしてくれるとは、嬉しい。

 長きに渡るツン期が過ぎて、ついにデレ期に入ったのかもしれない。

 車のオーナーはモテるとは本当のようだ。


「拉致相手は女だけではない。男もだ」


 自分を指さし、そしてキルケも指さす。

 俺とこいつ、と言わんばかりにジェスチャーする。


「誰もが、こいつの被害者となりうる」


 明らかに誰よりも責めているムードだった。

 ぐぬぬぬ。


「ほら、やっぱりそうだ。イセが来てからだぞ」


「俺は、自分が来る前のここのことなんて知らない。どんな嘘をつかれているかわかったもんじゃない」


「嘘はついてないぞ。なあウルシャ」


 ウルシャさんは、観念したかのように言った。


「……ですね」


 全体的に責め気味な彼女たちの中で、ウルシャさんだけは味方だった。

 なのに、敵側に回ってしまった。

 孤立無援だ。

 これがよそ者の極みとも言うべき、異世界転生者の世知辛さか。


「アイ様、白状しますと僕はこういう犯罪まがいのことはしてたっす」


 おっと、こんなところに伏兵が。


「クオンは仕方ない。アイの間者だからな」


「そうっす。アイ様を主君に仰ぐ間者っす」


 嬉しそうにうなずくクノイチ。

 これは責められムードを変えるチャンスだ。


「カウフタンだって、昔は公爵領を乗っ取ろうとしてたぞ」


 うぐっ、という顔をしているカウフタン。


「イセとカウフタンとクオン……半数以上が犯罪者か」


「犯罪者じゃないよ!」


 と言いつつ、俺はある意味自分が犯している罪に気づいた。


 このハイエースって、レンタカー屋から借りパクじゃね?

 死んでるから、無効でいいよね。


「今、目をそらしたな。やっぱり前の世界で犯罪おかしてたんだろ」


「し、してねーし。せいぜい信号無視くらいだし」


「ほら、してたじゃないか。シンゴウムシがなんだかわからんが」


「わからんのにしてたとか断定するな。些細なことでも責められると悪いことしちゃってたかもしれないと思っちゃうくらいメンタル弱いんだぞ」


 と話していたら……


「なんですか、これは」


 呆れた声をあげたトカク。

 人質としてクオンがハイエースの中に引っ張り込んだ教皇様だ。


 彼女の声に、今までの責任押し付けあいみたいな、和気あいあいとした殺伐ムードが霧散した。

 その代わり、緊張が走る。


「あ、えっと、その……教皇、猊下? おひさしゅー、ございますです」


「アイ様、お久しぶりです。『神器』のアイ様に、猊下と呼ばれるのはむずがゆい気持ちになります。どうかツァルクとお呼びください」


「そうか? それは助かる。ずいぶん長い間、『神器』ってことで偉ぶってた立場だったから、自分より偉い人にどう接していいか、すっかり忘れた」


「あ、アイ様……」


 護衛のウルシャが呆れている。

 だがそれを聞いて、ふたりの様子を見て、トカクは微笑ましそうに苦笑した。


「『神器』は『神』になる途上のお方、偉いという言葉では収まらないくらい偉大な方ですから」


「お心遣い、感謝いたします猊下」


「ならツァルク14世猊下ではなく、トカクでいいんじゃないっすか。どうっすかトカク姉さん」


「はい。トカクでも構いません」


「とかく? どういう意味だ?」


「意味ではなく、名前っす。トカク姉さんは、僕の先輩っす」


「はい?」


 そういえばここにいる人で、その話を知っている、ってほど知らないけど、そういう関係であることを見たのは俺だけか。

 カウフタンは気絶してたし、その場で見ていたのはタツコだ。


「そういえばそうだった。クオン、トカクさん、いったいどういう経緯ってこんなことに?」


 クオンとトカクは、顔を見合わせる。

 何か通じあったのか、クオンが口を開いた。


「詳しい話は後っす。ほら、そろそろ出入り口っすよ」


 運転していたのでわかっていた。

 さて、ここからどうしよう。


 例の鬼王の追撃を逃れた剛術の術理を使っての加速で、人も建物も気にせず一気に突っ込むか。

 だがそうなった時に車体は保つのか。


「あ、イセ殿、門の前で止まってくださいっす。トカク姉さんを下ろすので」


 え? あれ? と俺も含めてアイたちも首をかしげる。

 人質のつもりで連れてきたのではないのか。


「人質になるのはここまでです。私の戦場はこの教皇領ですから」


 そう言うトカクは、車が止まった時にシートベルトを外した。

 落ち着いている様子から、シートベルトの仕組みは一度見て覚えていたらしい。


「後のことはよろしくっす、トカク姉さん」


「任されました。アイ様、イセ殿、この戦車ごと、外へ出られるようにします」


 そう言った後、トカクは後部座席を見た。

 視線の先は、気絶している天使長キルケだ。


「キルケ様を、よろしくお願いいたします」


 どういう意味で、よろしくと言ったのか。

 取り押さえておいてくれという意味なのか。

 彼の身の心配をしての意味なのか。


 俺から見たらまったくわからなかったが、クオンとアイは頷いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ