172話 対策済み
キルケの振るう真力の剣は、ただの武器ではない。
魔法と同じく、世界のあり方そのものに干渉し、振るう者の力に等しい変化を与えるものだ。
剣という形をとったそれは、振るった先へ絶大な破壊を示す。
大気を振るわせ、石畳を割る真力の剣の威力はすさまじい。
そして、剣撃を回避しながらも、口から小さなブレスを飛ばすタツコ。
まるで銃器でも使っているかのように、飛んだ瞬間は火の線にしか見えない。
飛んだと思ったら、着弾地点が爆ぜる。
人とは思えない、いや人でない者たちの戦いは、人々を恐怖に駆り立てる。
一部の騎士や兵士、司祭たちを残して、ほとんどの人々が散り散りになって逃げ出した。
周囲への被害は大きく見えるが、キルケとタツコが人ではないから周りを気にせず戦っているわけではない。
力ある者同士がお互いに加減抜きで戦うからこそ、周辺の被害も出る。
それくらいは構わない、そういう戦い方だ。
だから、俺たちもトカクを連れて離れる。
そしてすぐだった。
大聖堂から2人、町のそれぞれの方から2人、空を飛んでキルケとタツコの戦いへと参加しに来た者たちがいた。
少し色違いの輝きを放つ鎧をまとった天使たちだ。
「キルケ様、どうなされた」
あの呼びかけた者は見覚えがあった。
帝都で行われた『竜』との戦いに参加していた天使だ。
キルケの戦いに気付いてはせ参じた、といったところだろう。
「なあ、この場合はどうするんだ? タツコひとりで止められると思うか?」
トカクに聞くが、応えない。
どうやらすでにもう想定外以上のことが起こっているっぽい。
「イセ殿の力は、5人まとめては可能ですか?」
「ど、どうだろう?」
5人まとめてかっさらうってあんまし聞いたことないな。
多勢に無勢だし。
誘拐などという卑劣な行為は、基本的に数の暴力で行われるものだしなぁ。
しかも相手は天使だ。
うちの鬼たちの方が数は多いが、基本スペックはだいぶ違う。
「無理、かなぁ」
そう呟いたあたりで、天使たちが全員そろって武器を、タツコの前で構えた。
キルケが言う。
「こいつはあの邪悪なる『竜』の衰えた姿だ」
「なんと、では……」
「ああ、殺す」
「キルケ様、捕獲しましょう。殺すのはその後でも出来ます」
「できるか?」
「はい」
4人の天使たちは、それぞれ武器を構えてタツコに立ち向かう。
「舐められたものだな」
挑発するタツコが、またあの小さなブレスを放つ。
同時に4体の天使たちは、それぞれ散るように逃げ、そして囲うような陣形を取ろうとする。
対してタツコは、その行動をにがにがしく思っているのを顔に出して、囲まれないようにブレスで牽制し続けている。
これはマズい。
タツコが完全に釘付けになっている。
手の空いたキルケがこっちを向く。
キルケはこれでタツコでもこちらでも、好きな方をやれる。
「そちらは任せた。私はこっちをやる」
ゆっくりと歩いてこちらへやってくるキルケ。
余裕を見せているわけではない。
こちらが何かまだ隠し球や罠をしかけてないか、じっくり警戒しながら来ているだけだ。
問答無用で来たら、ここで終わっていたので助かった。
ここまで散々えげつないことをし続けた功を奏した。
この危機的状況で、カウフタンが柄に手をかけ、小声で聞いてきた。
「どうするんだ」
「ここでやるしかない、よな」
状況は良くないが、天使を5人まとめて相手にするよりは、キルケひとりというのは好都合。
問題は、止められる者がいないこと。
「カウフタン、教皇を連れて少し下がって」
カウフタンはトカクを抱きかかえると、俺から一気に距離を取る。
それにあわせて、キルケが剣を手に一気に迫ってきた!?
もう考えている余裕はない。
今持っているカードを使い切るのみ。
俺の切り札はこれだ! てかこれしかねぇ!!
「『至高なる鋼鉄の移動要塞』!!!」
体から大きな魔力が抜け、一瞬で形になる最早見慣れたレンタカーハイエース。
キルケは、いきなり現れたハイエースを前に、距離を取った。
「なにっ!! 何もない空間から出現させただと!?」
あっと驚かせることには成功した。
出した瞬間を、キルケは見てなかったんだっけか。
これは好都合。
彼が気持ちを立て直す前に、次の札を切る!!
俺は運転席にも乗らずに、キルケを指さす。
「さくっと終わらせるぞ!! あいつを連れこめっ!!」
これで何度目になるのか。
あれだけ嫌だったハイエースの力の発現を、こんなに頼もしく感じることになるとは。
俺の意思を込めた言葉によって、大いなる力を秘めたハイエースから魔力があふれ出す。
後部座席から踊るように跳び出る黒い影。
車内へ連れ込むための3匹の鬼たち。
そして、ハイエースから射出される輝く光線。
それは光よりもかなり遅い。
タツコの小さなブレスよりも遅い。
だがそれは、一撃必殺のおにゃのこ化光線だ!!
だいたい鬼たちよりも少し速いくらいのスピードで、キルケに襲いかかった。
「……来たか」
キルケは立ち尽くす。
観念しているようには見えない。
ただ、覚悟が見えた。
「盾よ!!」
剣を持っていない左手を前へ掲げ、盾を構える。
輝く鎧とは違う、鈍い灰色の大盾。
その盾が、光線を受け止めて弾く。
それで光線が消えた。
消えた頃合いに、襲いかかっていた3匹の鬼たち。
そいつらには大盾は使わず、右手の剣で一刀の下、切り伏せた。
「……え」
気付いた。
俺の切り札、全部一瞬で防がれた!?
キルケは俺に向かって言う。
「対策を立てていないと思ったか? 貴様の力は分析していた。攻撃的な威力は大したことはないが、真力を無効化する魔法光だ。故に真力によって魔法光を防ぐ物質を作り出した」
「そんなことが、できる?」
「真力は万能だ。魔法で可能なことでおよそ不可能なことはない。コストさえ気にしなければな」
キルケはにやりと笑う。
俺の切り札を刈り取ったことに気付いたようだ。
「我らは天使。異世界からくる悪魔どもを撃退し続けた神の戦士。ケアニスのいない貴様等など敵ではない」
俺はそれがただの自信過剰ではないことが、よくわかった。
ごもっとも!?
え? 何? これ、マジピンチじゃん!?