169話 トカクの奮闘
俺とクオンは、トカクの策に乗ることにした。
タツコは『別にかまわない』という返事だったので、消極的ながら乗ってくれることに。
カウフタンは、今はリタイア中。
ということで、俺たちは巡礼者を装い、路地裏を抜ける。
クオンの道案内の元、トカクとタツコ、そしてカウフタンを背負った俺とが続く。
向かうは教皇庁の中心である大聖堂。
故に、どうしてもひと目につく。
だから、ここでキルケら天使たちに見つかる可能性があった。
トカクは前もって言っていた。
「もしキルケ様に見つかった場合、今回の策の要であるキルケ様への『力』の行使をお願いします」
「足止めは、僕とトカクっす」
「私達ごと、『力』の行使をお願いします」
「あ、僕、男の子になるんすかね」
「どうなんでしょうか?」
命も軽いからか、性別が変わることなど意に介さないという素振りで聞いてくる。
何故そこまで捨て身になれる?
「多分ならない」
「そう言い切れる根拠、ありそうっすね」
「……需要がないから」
と思う。
少なくとも俺が元の世界で見てた限り、男から女は飽和気味だったが、逆はあまり歓迎されてなかった感があった。
まあ、わかる。
「はあ、そんなものっすか」
「性的に倒錯気味ですね、元の世界」
「ああ、うん……」
聖職者のご意見には目をそらして返答しておいた。
「キルケ様を無力化した後は、戦車の中へいつものように連れ込み、アイ様救出へ走ればいいっすね」
「はい。そのまま逃走していただいて構いません」
と、そんな手筈になっていた。
こうならないのが一番、という想定ではある。
クオンとトカクがいない状況なので、逃走は俺とアイたちとでやらなければならない最悪の事態。
特にクオンがいないのが大きな痛手になる。
見つからないでくれ、とこの世界の『神』ではない何かに祈りながら、進む。
祈りが通じたのか、大混乱が起こっている大聖堂前の広場までやってきた。
そこをかき分けるように進む。
クオンとトカクによる、謎の体術的なもので、後に続く俺とタツコは比較的スムーズに大聖堂前まで来られた。
ひとまず、キルケの襲来はなかったのでホッとする。
ホッとしたのもつかの間、トカクが休むことなく前に出て、大聖堂を守護している衛兵に声をかけながら、目深にかぶっていたフードをとった。
「教皇ツァルク14世です。緊急事態につき祭壇へ入れてください」
言われた衛兵たちは、一気にさざめき立つ。
大聖堂を守るため、混乱した巡礼者たちを前に堂々としていたが、いきなり教皇の登場に驚いたようだ。
顔を見れば、彼らは彼女が教皇であることはわかる。
なのでここは顔パスで行ける。
と思っていたが、衛兵たちの隊長格複数と共に現れた騎士然とした者が、現れる。
隊長たちはひざまずくが、その騎士は礼を取りながらも警戒は解かない。
「猊下。大司教ティトゥス様より、何者も通すなと言いつかっております」
大司教ティトゥス。
このひと言で、トカクは黙る。
彼女にとって大司教は、頭の上がらない人物のようだ。
「仕方ありませんね。では祭室におられる司教たちへ伝言をお願いします。天使様へ直接お目通りし、お伝えしたいことがあると。至急、司教の誰かをこちらへ呼んでいただきたい」
「御意にございます」
騎士の返事で、衛兵が伝令に走る。
その時だった。
トカクの指がかすかに動く。
それをきっかけにして、クオンの声がまるで耳元でささやくように小さくで聞こえた。
「行ってくるっす」
アイとウルシャを連れ出しに行く、と。
クオンは、元々そこにはいなかったかのように気配を消して、いなくなった。
トカクが話しかける前から、すでに動く準備をしていたようだ。
彼女が注意をひいている隙に、クオンは大聖堂へ潜入した。
『彼女、すごいな』
タツコが俺の腕をとって心の声で感心した。
同意という他ない。
クオンと連携を取るトカクも、相当な腕前なのだろう。
同郷の間者ふたり、マジくのいち。
と感心しきってボーッとしてると、大聖堂から司教たちが複数人現れ、トカクの前で進み出てくる。
「猊下、いったいどうなされた?」
「ティトゥス様からは賊に拐かされたと聞いてましたが」
どことなく、彼らの様子から伺える。
女教皇、舐められてるな、と。
大司教ティトゥスの方に重きを置いている。
そんな雰囲気が、司教たちから感じられて、何となく不快になる。
「その賊によって教会事務局が混乱しています。天使様からのご助言をいただきたいのです」
顔を見合わせる司教たち。
天使様という言葉を聞いて、頭に「?」が浮かんでいる。
「キルケ様が、事務局へすでに向かいましたが、お会いにならなかったのですか?」
「ええ。ではキルケ様へご連絡をお願いできませんか」
司教のひとりが、鳥の羽のようなものを取り出す。
あれはカウフマンが持っていた、天使の力を使える羽と同じもののように見えた。
「こちらは?」
「賊に捕まった際にすでに失いました。ですのでご連絡を」
「わかりました。仰ってください」
「ありがとうございます」
天使の羽で連絡取れるのは予想外だったが、一応ここまではトカクの策の内だ。
そしてここからは……
「賊らが示した天使様たちのお力『真力』とは違う、彼らの『力』の正体について、直接お話したいとお伝えください」
「……いったいどういうことだ?」
司教らは、さらに混乱する。
そして、この混乱は、さらなる隙を生み、大聖堂からの脱出を試みるアイたちの助けになる。
さらには、賊の『力』とは、すなわち俺のハイエースの『力』のこと。
この話が出た時、天使長キルケならば何らかの反応があるはず。
その反応で最も高確率なのが、直接聞こうと教皇の前に現れる、というもの。
これで、キルケの張った罠に、キルケが自ら飛び込んでくるということになる。
「わかりました、伝えます。キルケ様と直接お話ください」
「助かりま――」
空を切り裂くような音が鳴り、突風が大聖堂の前を舞う。
そこにいる全員が服を抑えて、いきなり強風が止むのを待つ。
腕で顔を覆いながら、その風の中心を伺う。
そこには、輝く鎧をまとった、天使長キルケがいた。
「――キルケ様」
己の名前を呼びかけたトカクを、キルケは怒りも隠さず睨めつけた。
「教皇ツァルク14世。どういうことだ?」
キルケは、教皇の執務室に現れた時よりもずっと、殺気立っていた。
こんなの、ケアニス以外に相手できんの?




