16話 脱出行
ハイエースを走らせ、広場から出て、再び大通りへ。
このまま進むと、来た門から反対方向へ向かってしまう。
「アイ、ウルシャに連絡を」
「あっ、そうだったそうだった」
アイは窓を開けると、呪文を唱えて例の連絡用の魔法を発動させる。
鳥が飛んできてアイが生み出した葉っぱを咥えていく光景は、何度見てもファンタジーだ。
「ふぅ、めっちゃ疲れた」
体がずるっとシートベルトから抜けそうになるくらい、がくっとするアイ。
「魔法使いすぎた。今日は連続で使っているからな。体も頭もダルい」
「連絡と、あと大通りに出たくなくなる洗脳の魔法が規模でかかったもんな」
「洗脳じゃないからなっ。あとその前にもっと大きいの使ってる」
「……なんだっけ?」
「おぬしの召喚だ。まったく、こんなのが続いたら身が持たない」
見た目幼女のくせに、働きすぎたOLみたいに疲れ切った顔をした。
異世界いた死にかけの俺を呼び出し、大規模洗脳魔法と、敏腕キャリアウーマン以上の仕事をこなしている。
相当な疲労なのだろう。
「よし、あとは任せろ」
「よし、頑張る!」
アイが、しゃきーんと口で言いそうなくらい、体を起こして助手席にちゃんと座り直した。
「なんで?」
「いや、ほら……おぬしひとりに頑張らせると色々と問題……じゃなくて大変だろ?」
アイが何を言いたいか、なんとなく察してしまい若干不機嫌になる俺だが、この程度でうろたえる俺じゃない。
疲れのせいでちょっと刺々しくなってるやつだろう。
ここは大人の対応だな。
「まあそうだな。アイにはここを出るまでは頑張ってもらわないと」
「うんうん。アイは外を警戒しよう。外に女の子が出てて襲われたら大変だからな」
「そうだな。この街の衛兵たちに襲われたら大変だよな」
話が噛み合ってない感じがするのは気の所為ということにしておく。
「む。衛兵たちがこっちを指さしてるぞ」
アイが口にして、よく街路を見てみると、確かに武器を腰にさげたり手にした衛兵らしき者たちをちらほらと見かける。
こっちに警戒しているのがわかる。
そういえば……
「アイ、ハイエースって珍しいんだよな?」
「当たり前だ。自動車も異世界情報で知っていたが、見るのも乗るのも初めてだぞ」
「でも、俺みたいな異世界から召喚された存在って、いるよな?」
「もちろんだ。召喚術を使える者は、アイ以外にもいるからな」
となると、こういう異世界からやってきた怪しげなものに対応できる者もいるな。
アイもそうだし、ウルシャもアイへの信用から俺という存在を認めたところはあるが、異世界からの『力』に対しては警戒しつつ排除を試みるという対応を冷静にしていた。
「まずい要素はいくらでもあるな。現代知識で無双は難しそうだ」
「ん?」
「いやなんでもない、こっちの話。それよりも元来た門へ戻ろう。連絡あるまでぐるぐる回っているのもなんだし」
「道、わかるのか?」
「だいたい」
走りながら方角と走行距離から、だいたいの地理が把握できている。
俺、こんなに地図が頭に浮かぶやつだったっけ?
この辺は、『至高なる鋼鉄の移動要塞』の『力』だろうか?
街路を走るのに、すいすい走れる。
「太陽がこっちだから、来たところはこっちだな」
「おお。おぬし本当に異世界人か? アイはそこまで把握してないぞ」
そんなふうに感心されると、アイを助手席に乗せてよかったと思う。
これがドライブデートの楽しみか!
「おっと、もう来たな」
サイドミラーに乗った小鳥が、窓をコンコンとついてきていた。
アイが窓を開けて、葉っぱを受け取る。
「あ。イセ、目的地変更だ。来た方じゃなくて、西門広場だって。ここからだとどっちだ?」
「西門? わから……なくもないか。方角的にこっちだろう」
「おお。ほんと頼りになるな」
ついさっきまで、俺の所業を心配していたアイから絶賛されまくる俺。
調子に乗りそうなくらい、俺ってちょろい。
そんな調子のまま、街路を進むとすぐに門が遠くに見える広場にとついた。
ファンタジーな世界とはいえ、中世頃なムードから察するに文明レベルはそれほどでもなく、公爵領の城下町でも現代の街ほど広くはないから、わりと時間はすぐだった。
ハイエースが広場に入った時、細い街路から跳び出してきた人影。
すぐにウルシャだと気づいた。そばに寄って窓を開く。
「アイ様! イセ! オフィリア様は?」
「後ろだ」
アイが言うと、ウルシャはホッとした表情をした。
「乗ってくれ。その門、西門だろ? すぐ出られるんだろう?」
「ああ。あと……5分後には開く予定だ」
5分か。ちょっと間があるな。ハイエースなら1分とかからず目の前に見える城壁の門にたどり着いてしまう。
どこから出るかわからないように、少し街を走り回るか。
「ウルシャ、こっち!」
「いえ、私もオフィリア様のいる後部座席に……なっ!?」
「どうした!? あっ!」
後部座席を開けた瞬間のウルシャと、それを聞いて後ろを振り返った俺とアイは、同じものを見て、同じ驚きを得た。
そこには、公爵令嬢を動けないように押さえつける鬼たちがいた。
「なっ、なっ、何をしてんだ!?」
若干悲鳴のようなウルシャの声に、俺は大いに焦る。
「ごめんっ! ごめんなさいっ! あ、そっか。だから乱暴な運転しても、シートベルト無しでオフィリアさんは車内でゴロゴロとそこらにぶつからずに済んだんだな。意図したわけじゃないが、災い転じて福となすだな。良かった」
「いいわけあるかっ!」
「う、うん。よくはない」
まったくそのとおりだと思ったので、うなずいた。
と、そのウルシャの大声で気づいたのか、オフィリアがうっすらと目を開ける。
「あ、起きた」
彼女の視界に鬼たちが入ったのがわかったのは、目が見開いたからだ。
そして――
「はうぅ……」
カクンとまた力を失って、気絶した。
「気絶、2回目だぞっ!」
「ごめんなさい! 鬼たちよ、退けっ」
アイの指摘に俺は急いで命じた。
鬼たちは、しゅぅぅと煙になるように消えていった。
張り詰めていた『力』が霧散していく感覚を覚えた。これが自分の『力』であることを実感する。
体の支え(?)を失ったオフィリアは、床にぐったりとしている。
このままだと走って急制動を繰り返しているとゴロゴロ転がってしまう。
「ウルシャ。椅子に座らせて」
俺は運転席から後部へ移動し、折りたたんだ椅子をひっぱりだした。
ウルシャがオフィリアを抱えて座らせたので、シートベルトをする。
横に誰かいた方がいいだろうということで、その隣にウルシャが座ることになった。
「ふぅ。これで良しと」
「良くはないぞ。あとで話しがある」
ウルシャが言うと、アイがうんうんと頷いた。
「そんなことより、だいぶ経ったからそろそろ西門へ移動だ」
ごまかすように言いながら運転席へ座ると、遠巻きに門の方から衛兵たちがやってきているのがわかった。
西門の方から、集団で何かをひっぱってきている。
大型の何かで、滑車がついてて……
「あれ……あれって……」
俺が指さすと、アイとウルシャが見てギョッとする。
見た目、人が持てないサイズの、クロスボウ……
「バリスタ!?」
バリスタとは、大型の据え置き式の弩弓だ。
石や槍くらい大きな矢を打ち出す兵器で、攻城や城の防衛に使われたり、軍船に積まれたりする……
「おい。このハイエースの鎧ならあれ防げるよな?」
「城の石壁に突き刺さるやつだろ? 無理に決まってんだろ。どうする?」
「どうすんだ!?」
「落ち着いてください、アイ様。バリスタでこの自動車が動いている時に当てるのは至難です」
「なるほど。なら動き回るしか!」
「待て!」
ウルシャがアクセルを踏もうとした俺を止める。
「あの目の前の部隊を指揮している男……カウフマンでは?」
「カウフマン?」
「衛兵隊の隊長だ!」
ひとりだけ派手な鎧にマントを羽織った髭面の男が、衛兵たちに指示を出しながらこっちを睨んでいる。
アイやウルシャが必死にならざるを得なかったこの状況を生み出した元凶が、目の前にいる。
ふたりから、かなりの緊張が感じ取れる。
「……いきなりラスボス出現?」
風雲急を告げるこの事態に……どうする俺?




