168話 『力』の影響
教皇が実はクオンと同郷(?)のクノイチで、アイを救うために天使長キルケの身柄を明け渡してきた。
と、簡単に説明するとこんな感じだが、とてもじゃないがここで聞いている者たち以外に、この話をしても納得してもらえるとは思えない。
カウフタンなんか、目醒めた時、わけわからないだろう。
同情する。
「キルケを俺の力で無力化して、そっちは大丈夫なのか?」
俺の言うそっちとは、トカクの立場というかトカク側の方という意味。
この場合は教会全体のこと、でもある。
「俺の力を使った結果は、丁度いるこのふたりの状態だ」
傷ついてぐったりして気絶している女の子と、喉を壊した女の子。
片やエジン公爵の常備軍を率いる衛兵隊長。
片やあの最強の生物だった『竜』。
どちらもこのようになる。
衛兵隊長がいなくなった衛兵隊は、現エジン公爵オフィリアを後ろ盾にカウフタンの元に結集するという再編が必要だった。
『竜』がいなくなったことで、帝都が開放された影響は計り知れない。
このような混乱が確実に生じる。
「混乱はあるでしょうけど、大丈夫です。そちらは我々がなんとかします」
我々、とトカクは言う。
女教皇ツァルク14世でありながら、間者クオンと同じスキルを持つ彼女が言う我々とは?
「なるほどっす。天使派と呼ばれていた女教皇が、実は大司教派っすか」
「大司教派?」
「天使の力を借りずに人間たちだけで教会運営をしようとする派閥っす。その取りまとめをしているのは元帝都の大司教ティトゥス」
教皇と会った時にいた、あの大司教の人か。
「女教皇ツァルク14世は、天使派の推薦だったはずですが、裏では大司教とつながっていたってことっすね」
「裏もなにも、天使からすれば私もティトゥス様も同じですが、今はその理解で構いません」
「そこは分かった。その辺はなんとかなるならいいけど、力の行使にはまだ問題はある」
クオンとトカクが、こちらを見る。
ふたりには知らない、俺の『力』の話だ。
このくだらない能力でも、ふたりにとっては超重要。
タツコのこっちを見ている視線も結構強い。
「問題は、俺の力は効果が現れるまでそれなりに時間がかかるってことだ」
衛兵隊長カウフマンの時は、ウルシャとクオンが足止め役をしてくれていた。
タツコの時は、アイの魔法の影響下で鬼王が止めていた。
「ケアニスならキルケを止められたと思うが、捕まっている。止められる者がいないぞ?」
「僕がやるっすよ」
「無理だろ。死ぬぞ」
「アイ様を助けるためなら余裕っす」
クオンにとって人の命も、自分の命も、驚くほど安そう。
止めても無駄か?
それだったらより成功率と生存率の高そうな方法を考えた方がいいか?
「あのキルケだから、クオンひとりじゃ不安だ」
「不意打ちで、動きを止めるっすよ。『真力』の扱いは少しはわかったっす。あれは我々人間が使っている道具とは全然違う代物で、使うのに意識の方向づけがデリケートなんす。だからそこをズラして扱いづらくすれば、武器としての『真力』は無力化可能っす」
「……マジか」
「人ならば、僕の技も通用するっす」
こいつ、あの人外の力を示し続けた天使の動きを分析してたのか。
クオン恐るべし。
「問題は解決ですか?」
「余裕っす」
何故クオンが応える。
「で、どうやって僕らとキルケ様を戦わせる気っすか? まさかただ戦わせて僕らも無力化するとか考えてないっすかね?」
おっと、そこまでは俺も考えてなかった。
それくらい考えていたフリをして、そうだぞって顔をしてトカクを見据える。
「ええ、ですから先にアイ様の救出を済ませましょう」
「僕らが逃げたらどうするんすか?」
「追っ手としてキルケ様たちが動きますから、自然と戦うことになるはずです。そんな手を使うくらいなら、私と協力した方が勝率は上がりますよ。ケアニス様がいらっしゃらないのでしょう?」
「まぁ、そうっすね」
納得したようなことを言うクオンだが、何となく不満顔だ。
クオンとトカク、同郷でも仲が悪いんだろうなと容易に想像がつく。
「それでイセ殿が力を使うタイミングですが……私が、キルケ様に不意打ちを仕掛けるための囮になります」
ここにも、自分の命が驚くほど安値な人がいた。
そのトカクの作戦を、俺とクオンのふたりで話を聞いてみたところ……
「……なんとかなるか」
「これしかないっすかね」
俺は、キルケに対する『力』の行使を、決行する決断をした。




