153話 ツァルク14世
教皇のいる部屋に向かう長い廊下の途中で、案内役の大司教は立ち止まる。
窓も少なく、暗い影を落とす場所も多い廊下は、大司教の存在感を大きくする。
振り返りタツコを見る彼は、案内役から門番へと変わったように見えた。
カウフタンもそう感じたのか、構えはとってないもののいつでも臨戦態勢になれるようにと警戒しているのがわかる。
「どうした。案内しないのか」
タツコの問いかけに、大司教はじっと見つめて答えない。
答えない、というより答えられない。
考えあぐねているように見える。
「教皇猊下に会わせない。私はそうすべきなのでしょう。あなたの話は荒唐無稽と捉えてもおかしくない」
「ふむ。我の話は証明しようがないからな」
「ええ、そうでしょう。もしこれが証明だというものを見せられたとしても、私にはそれを確かめる術はない」
よく見ているとわかる。
大司教は震えている。
目の前のタツコに、恐れを感じている。
「だが私にはわかる。あなたは嘘を言っていない。ただ嘘を本当だと思い込んでいるだけという可能性も否定できない」
「何が言いたい。会わせる気がないということか?」
大司教ははっきりと首を横に振った。
「猊下は会うとおっしゃった。それはありません」
大司教は再び俺たちに背を向け、歩き出す。
「あなたの話、大変興味深いです。是非、猊下とお話ください」
「わかった」
歩き出した俺たち。
だが、カウフタンは警戒を解いていない。
そしてものすっごい小声で俺に言う。
「安心するな。ここは敵地のど真ん中だ。我々は彼らの剣撃の間合いにいると知れ」
カウフタンの警戒心は、そこまでビンビンだった。
この廊下の暗がりに、教会の手練れが潜んでいる。
それくらいのことを考えている目をしていた。
もしかしたら、タツコを残して俺とカウフタンは捕まってしまうかもしれない。
鬼を呼ぶ前に声を抑えられてしまうかもしれない。
それだけはないようにと思い、俺もかなり警戒して歩いた。
だが、大司教は廊下の突き当たり、厳かな装飾が施された扉の前で立ち止まる。
扉の横に、気配なく立っていた衛兵に声をかけた。
衛兵は部屋の中へと取り次ぎし、しばらくして返事があった。
中に通してください、と。
凛とした女性の声だった。
「失礼いたします。猊下、チェイン様をお連れしました」
大司教が恭しく頭をさげる相手は、彼のものよりもずっと立派そうな法衣を着た女性だった。
「ご苦労様です。あなたはこちらに残ってください」
大司教は儀礼作法のように、後ずさりし、会見の際にはここに立つと思われる定位置に移動した。
その様子に、この目の前の女性が、本物の教皇であると納得した。
教皇ツァルク14世は、妙齢の女性だった。
俺は驚愕しているが、カウフタンは知っていたようで平然としている。
平然と言っても、身分違いすぎる相手が目の前にいて、表情に焦りが見える。
ここで何ごともなく平気そうな顔をしているのは、タツコと教皇だけだ。
「失礼ながら、チェイン様はどちらでしょうか」
「我だ。今はタツコとこの者たちに呼ばれている」
「タツコ様、ですか」
「ああ。チェインは昔の名前だ」
「なるほど、そうですか。ではタツコ様と呼ばせていただきます」
「いいぞ。それで君がツァルクか? 面影がまったくないな」
今この場にいる中で最も偉い人を相手に、あからさまに上から目線で話すタツコに、ひやひやする。
大司教とカウフタンの反応からして、よろしくないのは明白だ。
だがタツコだってあの『竜』だ。
おそらく、この世界の生き物の頂点だ。
そういう意味では、上から目線でも一応は許される……んじゃないかな。
そんなこちらの焦りを意に介さず、ふたりの会話は進む。
「面影がまったくないな。本当におぬしがツァルクか?」
「確かに私はツァルクの名を継いでいますが、初代様とは血縁ではございません。あくまで名前だけでございます」
「そういうことか。ではチェインの名も、ツァルクの名を継いだ時に知ったのか?」
「はい。教会でも一部の者のみ、知る話です」
「伝承として残っていたわけか。なら話は早い」
「タツコ様の話の前に、ひとつ質問よろしいでしょうか」
タツコがそのまま話し出そうとした出鼻をくじき、教皇は質問をする。
「あなた様が、帝都にいらっしゃった『竜』が変身した姿、で間違いありませんか?」
「ああ、そうだ。あのイセって男にやられた」
驚く教皇と大司教が、俺の方を見る。
「あなたが……『神器』アイ様の召喚戦士でごさいましたか」
ば、ばらされた……
と驚いていると、カウフタンが耳打ちしてくる。
「教会の諜報能力を甘くみるな。サミュエル卿のところと同格かそれ以上だ」
「ってことは、これ全部バレてる? アイたちは……」
「そっちは大丈夫だろう。クオンがいる」
サミュエル卿のところより、教会のところより、カウフタンはクオンを上と評価していた。
クオンの腕前ってそこまでなの?
俺がバレてること以上に、そっちが驚いた。
そんな俺の混乱した動揺を、教皇とタツコは待ってくれない。
「こうなったのは、オニャノコカという力のせいらしい。イセのいた世界にあったそうだ」
「……そうですか」
冷静に返事をするが、若干呆れられている気がするのは、ただの被害妄想だろうか。
だが、そっちの方がオタク文化圏外の人らしい反応だと思ってしまった。
「それで、タツコ様はいったい何の話を、私としたいのでしょうか」
「まず聞いておきたい。現在のツァルクよ」
タツコは、教皇と呼ばず、ツァルクと呼んだ。
そのことに意味があるといった素振りで言った。
それはまるで先生が生徒に対して、課題はやってきたか、と問うかのような態度だ。
「伝説の竜騎士ツァルクが残した『竜』の予言は、知っているか?」
核心に触れたのか、教皇は見てわかるくらい、顔が強張った。




