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149話 都合のいい体

 ハイエースを隠し、二方面作戦を決行するという話しをし、教皇庁へと徒歩で進んでしばらくして、すっかり夜になってしまった。

 このまま歩けば着く、という距離なのは、夜になった頃に大きな城壁が見えたのでわかった。


 帝都よりは少し小さく、サミュエル自治領よりは大きな都市の姿は、遠くからでもよく見える。

 特に夜は城壁や町の微かな灯りがよく見えるので、暗闇に大きな城の影が浮かんでいるようにも見える。


「流石教皇庁、夜でも明るいっすね」


「夜の礼拝もあるからな」


 クオンの言葉に、アイやウルシャやカウフタンが同意している。

 これで明るいとは、と俺からしたらびびる。

 元の世界って、めっちゃ明るかったな。


 そういえば手元にある灯りだけで、周りはかなり暗いのにずいぶんと夜目は利く気がする。

 俺はこの世界の明るさに、慣れているのかもしれない。


 そしてさらに城門まで近付くと、その前には太い街道を埋め尽くすだけの長蛇の列ができていた。


「何これ?」


「ずいぶんな人だな」


 俺とタツコが驚いていると、アイがこともなげに言う。


「巡礼者の待機列だ。表から入るならここに並ぶ」


 並ぶと言われて、ゲーッと思ってしまった。

 子供の頃、新型の携帯ゲーム機を買うため、保護者同伴で並んだ記憶が思い起こされる。

 発売を楽しみにしていたゲーム機だったが、あの待ち時間じっとしているのは子供ながらに辛かったな。


「それじゃ、上手くいったら合流だ。アイから連絡する」


 こっちからの連絡手段は、一応カウフタンが持っている。

 が、向こうは隠密行動をするので、鳥からのメモの受け取りが難しいとのこと。


「イセ、カウフタン殿、タツコ様をよろしく頼みます」


「いざとなったら逃げるっすよ」


 アイとウルシャとクオンは、待機列の横を抜けていく。

 どうやら巡礼者以外の者が入る裏の入り口があるらしい。

 クオンが知っているらしく、そこを利用して夜のうちに潜入するとのこと。

 クオンってマジ忍者だ。


「私たちはこっちだ」


 カウフタンの指示に従って待機列の後ろに陣取った。

 俺とカウフタンとタツコと、そして大きな体の鬼。

 一番目立っている。

 目立ちすぎている。

 全身をローブで隠してはいるものの、周りの人間がギョッとした目を向けてくらいには異様だ。


 そんな巨体に体育座りをさせて、体を縮ませる。

 窮屈だが、俺が呼び出した鬼はこういう命令は難なくこなす。

 亜人の姿をしているが、中身は魔法生物(?)だ。

 出来のいいロボットと思うと、とても優秀かもしれない。


 そして丈夫そうな体を背もたれにするタツコと俺。

 びくともしない鬼。


 鬼に寄りかかってタツコがそわそわし始めたあたりで、少し遠くで同じ入場待ちの誰かが喧嘩を始めていた。

 止める連中も入り、ことが大きくなりかける。

 その様子を見て、カウフタンが警戒していると、教皇庁の兵士らしき連中が数人やっていて、騒ぎを収めていった。

 暴れたりなさそうなのが兵士にくってかかると、そいつは列から追い出される。


「ルールを守らないからだっ!」

 と兵士に言われ、放ったらかされる追い出された男。


 騒ぎは収まって、次第にまた落ち着きを取り戻す群衆。

 それを確認したカウフタンは、ふーっと息を吐いた。

 よっぽど緊張していたみたいだ。


「ああいうのがいると、こっちが目立たなくて助かる」


 そう言うカウフタンの安堵の笑顔はナイス可愛い。

 この可愛い笑顔を隠さないと、それはそれで目立つ。

 幸い、カウフタンはそれに気付いているのか、フードで隠している。


 でも、タツコは隠していない。

 入場待ちをしている列の中で、最も堂々としている。

 というより皆が体を縮こまらせて緊張している中で、まるで自分の家にいるかのようにくつろいでいる。


「タツコ、もう少し身を隠し気味に」


「何故だ?」


「美人だからですよ」


「カウフタンも美人だぞ」


「あ、ありがとうございます」


「照れるなよ」


「お前が言うかっ」


 美女に囲まれて幸せな俺、という構図か。

 周りからやっかみの視線も混じっているような気がしてきた。


 アイにウルシャにクオン、そして整形美人(?)のカウフタンとタツコ。

 なにげにハーレムだが、エロい空気も色っぽい空気もまるでない。

 ていうか、こいつらがキャッキャウフフとガールズトークしてるイメージも湧かない。


「今夜はこのままか?」


 タツコが暇そうで、声をかけてきた。


「だな。いつ動くのかわからん」


 カウフタンの方を見たが、首を横に振られた。

 どれくらい待たされるのだろう。


「帝室が帝都を逃げ出し、今の仮の都に移った時は、教皇庁も混乱して、巡礼者たちはここで3日間は待たされたそうだぞ」


「そんなに待てん」


 立ち上がろうとしたタツコを、俺とカウフタンが止める。


「そこまで待たされないって」


「そうです。今夜のうちに入れることもあるかもしれません」


「……わかった」


 タツコは諦めてくれて、それでいてまた鬼に寄りかかって考えるポーズを取り始めた。


「どうしたんですか?」


「いやな。待つことには慣れているんだ。ずっと帝都にいたからな。だが妙に落ち着いていない。どうしてこう気が急くのかと疑問に思ったんだが、これは多分人間になったからだろうな」


 何故そう思うのかが、俺も、カウフタンも分からず首を傾げる。

 そもそも、落ち着いてないというのが見た目ではわからない。


 疑問に気づいたのか、タツコは答えた。


「元の体の時より、心臓の鼓動が速い。人間とはこんなに小さい生き物だったんだな」


 いかにも人間じゃなかったという語り口だが、ホントに人間じゃなかったので説得力がある。


「だから、どうも落ち着きがない」


 とか言いつつ、ここにいる誰よりも物怖じせずに夜空を見上げてくつろいでいるので、説得力はない。


「暇だ。イセ、何か話してくれ」


「何かって、何を?」


「君のいた世界についてだな」


「あ、私も興味ある」


 カウフタンも興味津々に耳を傾けてくる。

 可愛い女の子ふたりに興味を持たれて嬉しい。

 整形美人でも嬉しい。


「俺のいた世界って、何だろうなぁ。うーん」


「こういう風に、巡礼とか無かったのか?」


「あったあった。初詣とか。他には……」


 コミケを思い出し、少し話す。

 そういえば、ふたりをおにゃのこ化したのは、ある意味コミケ文化圏の影響はあるかもしれない。


 というわけで、世界各地の英雄を女の子にしたり、竜や獣を女の子にしたり、男を女にしたり、艦船を女にしたり、武器を男にしたり、っていう話をした。

 タツコとカウフタンは真顔だった。


「意味がわからない」


「末期的だな」


 正論を聞かされてうなずいた。


「君の世界は滅びかけているのかもしれないな。だから世界の拘束が弱まって召喚されやすくなったのかもな」


 そんな見解もあるのかと、タツコの話に少し感心した。


「まあそれくらい娯楽は溢れていた。みんながみんな、新たなネタ出しにしのぎを削っていた。戦わなくていい平和な世界だったから、そんなところで戦いを繰り広げていたのかもしれない」


 大学に入ってすぐの1年の時に、コミケには友達と初めて参加した。

 今となっては、前世の話だから達観してしまっていて、そんな感想を持ってしまったのかもしれない。


「平和か」


「戦いがないと、そこまで腐るものか」


「腐るか。そんな風に自称していた人たちもいたよ」


「なるほど。だが、この世界のようにくたびれてはいなかったのかもな」


 気になることを、タツコが言った。


「世界がくたびれている?」


 『神器』に選ばれた者が『神』になる世界。

 その世界に召喚された俺。

 タツコの認識する世界の話と、何か関係があるのではないかと感じた。


「一生の短い人間にはわからんだろうが、『神器』は本来、天使たちの中から生まれるものだったんだ」


 え、そうなの? と思い、カウフタンを見る。

 この世界の人間であるカウフタンは、目を見開いていた。


「なのに人間や亜人、さらには我のような存在にまで『神器』に選ぶようになった。それだけこの世界は『神』を欲しているんだ」


「世界が、欲している?」


「我はそう受け止めたが、真相はどうなのかわからん」


「タツコ様、いったい何を知っているのですか?」


 カウフタンは声を抑え気味に言うが、感情は隠せていない。

 タツコが言っていることは、アイすら語っていないことだったのかもしれない。


「こう見えて長く生きているからな。知っていることは多いぞ」


 自慢げではなく、ただ事実を語っているように言うタツコ。

 カウフタンのショックを受けたような様子とは対称的だ。


「それって、教皇と会うことと関係あるか?」


 俺の質問に、タツコはうなずいた。


「あるぞ。だが君とは関係ない話にしかならんだろう。我は我の目的でここに来た」


 それは本当かもしれない。

 教皇と話す理由を、アイは知っている。

 心の中を覗いた時に、アイは見たのだろう。

 だから、タツコに話すなと釘をさされた。


「わかった。タツコはタツコで目的を果たしてくれ。それに関してはケアニスを助けるためのオトリとしても効果あるだろうし」


「だな」


「でもって、今の話を聞いて完全に関係ないとは思えなくなった」


「ほう。何故だ?」


「アイは神を目指している。『神器』について、神について、何らかの繋がりのある話が、タツコと教皇の間で話されるだろうと思う」


「…………」


 タツコは無表情のまま、俺を見つめる。


「だから俺はタツコの話を聞きたい。慣れない体で大変だろうが頑張って欲しい」


「ふっ、わかった。そういう意味では我はイセに感謝しているぞ」


「ん?」


「この体、教皇と話すには実に都合がいい。もう少し早く欲しかったくらいだ」


 そう言うタツコは、無邪気に微笑む。

 今言ったことが、タツコの本当の本音であることが、よくわかった。


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