141話 元『竜』のタツコ
寝ているフリをする俺に、タツコはつかつかと近づいてきた。
もうぐっすり寝てるふりをする。
「おい君、起きろ」
タツコの声が聞こえるが、無視。
大口を開けて、無防備に寝てますよアピール。
なんだったらよだれでもたらそうか!
「目を覚ませ」
そんな覚悟を決めた迫真の演技にも関わらず、タツコは普通に声をかけてくる。
その声は、やけに存在感があるというか、そうであることが当たり前かのような声だったので、思わずビクッと体がはねてしまう。
てか、そこにいたタツコ以外の全員が、ビクッとした。
「わわわっ、タツコっ!?」
起きたアイがあからさまに驚き、そのアイをかばうようにウルシャとクオンが剣の柄を握る。
俺も目を開けて、その様子を見ざるを得なかった。
「タツコが!? タツコが立った!?」
驚きと喜びが入り混じったような声をあげて、アイが俺を見て、みんなを見回す。
素直な反応に、少しだけほっこりした。
アイはほんと、いい子だな。
と感傷に浸っている余裕はない。
「タツコ? それはこの体の名か?」
「おぬしの名だ、『竜』よ」
「変な名だ」
「ダメ出しが出たぞ、イセ」
アイが言いながら俺を見る。
つられてみんな見る。
タツコもこっちを見た。
ダメ出しって言いながら、俺の方を見るなよ!?
責められちゃうだろ!?
「イセ?」
違うよ、という態度を取ろうとした矢先に、カウフタンが口を開いた。
「その者が、あなたをその姿にし、タツコという名前をあなたにつけた御仁です」
裏切ったなカウフタン!?
ははは、その力が悪いのだよ、って顔をしているカウフタンの口元がほんの少しだけ緩んだ気がした。
カウフタンの好感度がかなり低かったよ!?
って、女の子にされてそのまま放置してる俺に、好感なんてないか。
「君がこうしたのか」
「こうというのが、今のタツコの格好だとしたら、えっと、着替えさせたのはカウフタンだし、その服もカウフタンのものだけど……女の子にしたのは、はい、俺です」
頑張って言い訳を思いつこうと頑張ったのだが、このタイミングでは何を言っても無駄と観念した。
「見たところ普通の人間ではないようだが、何者だ?」
「おおっ、イセを普通でないと見抜いたぞ。流石タツコ」
アイが無邪気に感嘆しているが、俺はそれどころではない。
「えっと、確かに普通ではなくて……異世界から来た者です」
「今、なんと?」
ん? 何を聞き返された?
これは重要だ。
この責められムードを、別の方へ向けるために必要な単語に反応されている!
それを今、使うしかない。
キーワードは、異世界だ!
「俺は、異世界から、そこのアイに召喚されました」
「アイ?」
言いながら疑問に思った様子のタツコに、視線でどいつがアイなのか示した。
タツコは、アイの方を向いた。
「アイ。君はあれか。『神器』で魔法使いのアイか」
「そうだ。今気づいたのか」
「ああ、ちょっと意識が混濁している感じがする。アイってこういう姿だったか? もっと体が小さく、力の大きな存在だったような気がするが。いや、これがこの体の視野か。タツコという者の視点か」
何やらぶつぶつと言いながら考え事をしている。
落ち着いているのでわかりにくいが、どうやら混乱している様子だ。
「ふむ、きっとこの混濁は、この体になったからだな。しばらくは慣れるしかないだろう」
もっと混乱してて。その間に対策たてるから。
と思ったけど、あっさりと切り替えられてしまった。
「アイ、君は我の心を魔法で縛って、意のままに操ろうとしたな」
「う、うん」
『竜』の存在感にも似た迫力で質問されたアイは、素直にぶんぶんと首を縦に振った。
「心の中を覗かれたのは初めてだ。これはだいぶ屈辱的だな」
「あ、その話なんだが……あれってやっぱり――」
「それ、言うの禁止」
「うっ」
「禁止だ」
「わ、わかった」
気圧されながら、アイはまたうなずく。
アイ、いったい何を見たんだ?
アイの方に興味をなくしたのか、もっと重要なことでも思い出したのか、タツコは俺の方を見た。
「で、君だ。イセ」
「…………」
もう、迫力が『竜』の時とあまり変わらない感じで、声も出ない。
「君はいったい我に何をした? どうしてこうなった?」
こう、と言いながら、自分の体を示すようなポーズを取るタツコ。
ほんともう迫力がハンパない。
キルケやケアニスや鬼王が、小物に思えるほどだ。
「えっと、それは……」
で、どう答えた方がいい?
どうする? 俺、どうするよ!?




