139話 教皇庁と通商連合
「しかし、師匠しか今は頼れる先がないぞ?」
「確かにそうだけど。でもこのまま合流したら、シガさんの思う壺なので、もし裏切られた時に何とかできる切り札を確保しておきたい」
「おぬしとタツコが切り札じゃないか」
「ここにもしキルケと鬼王がいても、同じこと言える? 無理矢理確保されて終わりじゃないか?」
「ふむ……」
アイが考え込む。
俺の言うことに納得している様子、ではない。
「でも上手くいったぞ」
「結果論だよ。そもそも俺たちは、『竜』と話し合いに行ったんだ」
そのことをシガさんに話したから、彼らの『竜』退治に巻き込まれた。
あの時の、『竜』や鬼王や天使たちの攻撃を食らっていた可能性があったわけで。
「でもほら。師匠のおかげで、おぬしの力も試せたし、タツコはアイたちのところにいるし、良かったじゃないか」
「う、うーん、それはそうだけど……あ」
ということは、キルケたちも、鬼王たちも、シガさんに載せられた口か。
シガさんの口車に乗って、俺たちにまんまとしてやられた格好か。
むしろ彼らすら、シガさんに踊らされてない?
「天使や亜人たちまで、手のひらの上で転がすシガさんか……やっぱり怪しいけどなぁ」
「私もそれは同意する。シガース殿はあなどれない」
「まあ、そこまで言うなら、いいか。師匠の部下たちは無視しよう」
「あれ? そんな簡単に決めていいの?」
「どっちにしろ、アイたちはケアニスを救いに行かなきゃならないから。師匠たちがその邪魔になりそうっていうなら、わざわざ会わなくていい」
アイはあっさりと、俺たちの提案に従った。
アイとシガさんの関係は、思ったよりもさっぱりしてるのかもしれない。
「ちょっといいでしょうか」
ウルシャが発言許可を求めるように手をあげて話す。
「ケアニス様のことで、通商連合と教皇庁の繋がりは利用できないでしょうか?」
「どうっすかね。そこは結構デリケートっすよ」
「だな。大きく触れると我々どころか、公爵領にまで延焼するぞ」
「え? どういうこと?」
「ん?」
ウルシャの意見に、クオンとカウフタンが反応する。
よくわからない俺は、アイに聞くが、首を傾げられた。
「アイ様はまあアレっすけど、イセ殿はわからなくて当然っすね。ちょっと簡単に説明するっす」
ということで、クオンたちが話したことを理解する上での、前提の話を教えてくれた。
通商連合は帝国内の流通を一手に取り仕切ろうとする初代サミュエル卿が中心となって作られた組織だ。
だが、その流通の要となるお金というものを長きに渡り支配的に運用してきたのは教皇庁になる。
宗教とお金とは元々、切り離せないもの。
お金とは信用であり、帝国において最も信用に足るのは国教を取り仕切る教皇庁だ。
そしてその権威ゆえに、教会や修道会は、金庫番としての価値も認められてきた。
そこに楔を打ち込んだのが、初代サミュエル卿。
物流というものを大々的に行う形をつくり、お金を動かすことに重きを置いた。
各地の土地と土地を繋ぐ役回りとしてのお金を、帝国内に広めたのだ。
だから、教皇庁と通商連合は、お金を扱うという舞台において競合だ。
だが、そのお金の価値そのものを下げるそもそもの存在に対しては、協力的だった。
競合しつつも、同じ舞台で戦う者同士であり、繋がりは常にあった。
特に通商連合は、自ら教皇庁へのアクセスを続けている。
そしてこれは、クオンの予想。
アイの連絡にあった『竜』との会合。
二代目サミュエル卿とシガさんは、降って湧いたこの機会を『竜』退治として利用したのだ。
だから教皇庁の上にいる、天使たちが動いた。
帝国そのものを脅かす『竜』を排除できれば、それは教皇庁にとっても、通商連合にとっても、とても美味しい話だから。
「というわけで、僕は天使たちは、利用されたんだと思うっす」
アイとタツコ以外の皆が、うなずくように同意する。
俺もその話を聞くと、ありそうな話と思わざるを得ない。
あとはアイだが、うーんと唸っている。
「アイ、まだ納得いかないか?」
「いや。よしわかった。師匠たちは切り捨てよう」
「え? そこまで?」
「師匠とサミュエル卿たちに、反発しようか」
アイがあまりにもあっさりと切り捨てるので、逆に不安になってしまった。




