135話 『竜』の名
俺とアイの声を聞いて、皆が起き出したあたりで、まずは休憩をしようという話になった。
昼間に帝都でドッタンバッタンとやりあって、今は夜。
電灯もないこの世界では、月と星以外の明かりは火くらいしかないので、ハイエースのライトはとても目立つ。
よって、エンジンを止めてハイエースは隠した。
「ここってどこかわかる?」
「多分、まだ皇帝の直轄地ではないかと思うっす」
夜空を見上げて、手を測量器具代わりに使って、位置を把握している様子。
流石忍者だ。
「そうだな。場所がわからんと話にならん」
そう言って、アイが何やら集中し始める。
「アイ様、魔法を使うのですか?」
「ちょっとだけだ。大丈夫」
アイがぶつぶつと呪文らしきものを唱えると、薄い膜のような魔力が風に乗って周囲へと飛んでいったのが、俺にはわかった。
おそらく魔法使いや、俺みたいに魔力を感知できる者でないとわからないくらいの濃度の魔素が風の速度で飛んでいく。
そしてしばらくすると、アイがふらっとしてその場に倒れるようにしゃがんだ。
「つ、疲れた」
「アイ様、無理なさらないでください。あのような大魔法を使ったあとなのですから」
「これで今日は最後にする。クオン、あっちの方に人のいる気配がある。多分集落だろう。距離はちょっとわかりにくいが、多分近い」
「了解っす。僕が行ってまいりまっす」
アイが指さした方へ、クオンは走り出して、もう見えなくなった。
それを見送ったあと、アイを心配するウルシャが地面に小さなマットをひいて抱えて寝かせる。
「何か食べますか?」
「飲み物が欲しい」
アイが要求すると、ウルシャが甲斐甲斐しく飲み物をハイエースの荷台から持ってくる。
食べ物や飲み物、それに着替えや野営の道具等、いろいろ揃っている。
この辺は、流石積載量に定評のあるハイエースだ。
アイとウルシャが、そういうところで困らずに過ごしているのを見ると、俺的にあってよかったハイエースと誇りに思ってしまうのが不思議だ。
そうか。これが車のオーナーの気分というものか。
これ、レンタカーなんだけどねっ!
俺もちょっと小腹が減ったのでハイエースに積んである食べ物でもパクつこうと戻る。
すると後部座席には、カウフタンと、例の女の子がいた。
カウフタンが自然と世話係になっているらしい。
裸だった彼女も、今はカウフタンの着替えを着ている。
人形のように可愛がられていたカウフタンの服を着せられて、こっちも等身大の人形のように可愛い。
「その『竜』、様子はどう?」
「寝ている。少し熱が高い気がするが、こんなものだろう」
「ほう、それは経験者は語る的な?」
ギロリと睨まれる。怖い怖い。
「女の子にされた経験者として、何かおかしいところない?」
「それをお前が言うことに苛立ちを禁じ得ないが、それはおいといて、正直わからん。私の場合はどれくらいで目が覚めた?」
「言われてみると、直後ではないな。しばらくしてからだ」
起きているカウフタンと会ったのは、おにゃのこ化した次の日の朝食時だったはずだ。
「ならそこまでは起きないんじゃないか。ただこの子は人間じゃなくて『竜』だった。それが人間の女の子になっている。私の時とは全然違うかもしれないぞ」
「なるほど。それは確かに」
髪飾りのような大きな角があるだけで、見た目はほとんど人間の女の子だ。
もしかしたら亜人に近いのかもしれないが、その辺は詳しい人に見てもらうしかないだろう。
「ところでお前は大丈夫なのか?」
聞かれて俺は首をかしげた。
そして気づいた。
俺が大丈夫かどうかと聞いたのは、俺がハイエースと一体化したことか。
「今の所問題ない。どうやらまた新たな能力に目覚めたらしい」
「はた迷惑な能力ばかりだからな。気をつけろ」
まったくもってそうかもしれないと思ったので、無言で立ち去ってアイたちの方へ戻った。
このあたりが安全なら、ここで野営をしようという話をアイとウルシャとしていると、ふとアイがハイエースの方を見て言う。
「なあ。アレどうすんだ?」
アレとアイが言うのは、もちろん元『竜』のことだ。
「わからん。でもアレ、鬼王が欲しがってなかったっけ?」
アイもウルシャも黙る。
あの鬼王に、元『竜』の女の子を預けるのは、誰が聞いても誰もが避けたがるだろう。
あの『竜』にまたがった巨大化した鬼王の姿は、想像に難くない。
悪夢としか言いようがない光景だろう。
「ひとまず、直近の問題なんだが」
疲れきったアイが、深刻そうに言う。
どう逃げるかの算段か?
それとも逃げる先のことか?
確かに、このままエジン公爵領へ向かうのは問題だろう。
キルケや鬼王たちが、寄ってきてしまう。
あいつらに暴れらたら、エジン公爵領なんてひとたまりもない。
「あの子の名前、どうしよう?」
「問題ってそこか」
深刻さのかけらもなかった。
 




