134話 大戦果
エンジンが回る限り、車が走れるほどの平野が続く限り、アクセルをベタ踏み気分で走り続ける。
そして、帝都の城壁がまったく見えなくなり、しばらく経ってから、ゆっくりとアイドリング状態へと戻していった。
流れる風景のスピードが遅くなり、今走っているところが見え始める。
もうどこを走っているのかわからない。
町も道もなかった。
後ろを振り返り、鬼王やその他の天使たちとか亜人とかが追いかけてきていないのを確認する。
「逃げ切った、か?」
緊張感からか、車を走らせながら、バックミラーでちらちらと後方を確認し続ける。
そして、だんだんと気持ちが落ち着いてくる感覚を味わう。
「上手くいった。これは上手くいった!! やったぞみんな、って全員寝てる!? いや、これって気絶してる!?」
やばいやばい。
急なスピードで、意識遠退いたのか。
フリーフォールなバンジージャンプ等の映像で見たことが、いきなりのGが掛かるようなスピードを体感すると意識が落ちるというやつ。
あれって脳の血流が一時的に低下するから起こるんだっけか?
ここはいったん止めて、皆を起こした方がいいか?
と思い、ブレーキをゆっくりとかけて、ハイエースを停車させた。
それでもエンジンは回り続ける。当たり前だが。
エンジンを切ってないから。
じゃあ切るか?
エンジンを止める?
――ふと、恐怖で背筋がぞくりとくる。
ハイエースと一体化している状態でエンジンを止めたら、自分の心臓を止めるってことになったりしないか?
「おおおぉぉっ! 怖気った怖気った!! おおぅ、鳥肌がっ、ものすっごい鳥肌がって、体あるっ!?」
いつの間にか、俺は運転席に座っていた。
ブレーキ踏んで、ハンドブレーキまですでに引っ張り上げていた。
「よ、よかった。あのまま一体化したままだとどうなるかと思った」
体はあるけど、服はあるか? ある。
他に変わったところはないか?
股間のものがなくなってたり、おっぱいがあったり、顔が恐ろしく可愛くなっていたり……
と、全部確認してみたが、変わってなかった。
少し、ホッとした。
「ん、んんん……んっ、あ、イセ」
助手席から声が聞こえて、おもわずビクッとなる。
アイが起き始めた。
ウルシャに身を挺して護るように抱き締められていたため、アイはじたばたとし始めた。
仕方ないのでウルシャを普通に座らせた。
「アイ、大丈夫か? 怪我してないか?」
「ああ、大丈夫だ。それより……おぬしはどうだ?」
アイが思いの外、真剣に心配そうにこっちを見る。
どう、と聞いたのは、俺が今までと同じかどうかの方だ。
「今のところ問題なさそう。一体化する前と同じだ」
「そうか。ならよかった」
「よくはない。なんだったんだあれ?」
「アイが知るわけないだろう。イセは不思議人間すぎる。元いた世界の人間はみんなそうなのか?」
「まさか」
機械との一体化は……まあ、確かにそういうネタはあった。
ロボの中に体が溶け込んでしまったとかもあったな。
「またそっちのネタか」
ほんと、俺のチート能力はどうなってんだ?
雑多過ぎて理解不能だ。
でもまあ、今はいいか。
みんなを助けることができたから良しとする。
「そっちのネタ?」
「なんでもない」
「ん? まあ何でもないならいい。それよりもだ。イセ、ありがとう。みんな助かったぞ」
「どういたしまして」
「ケアニスは大丈夫だろう。あいつだけは、キルケや鬼王とやりあえるから」
ケアニスって今まで見てた感じ、『竜』に次ぐ実力者じゃないか?
ほんと、キルケの口車にのって、喧嘩売らなくてよかった。
「それにしても、ほんとにすごい戦果だ。『竜』はこっちの手の内で、しかもあのキルケとソロンを出し抜いてだぞ。これ全部イセのおかげだからな。感謝させてくれ」
アイの無邪気な感謝が、こそばゆい。
めっちゃ嬉しいけど。
「心地よいからいくらでも感謝してくれ。でもさ、この子、どうするんだ?」
元『竜』だった女の子を指さした。
服は着てないが、カウフタンの軍用マントをかけて体は見えてないから大丈夫。
偉丈夫な男だったカウフマンが、愛らしい女の子カウフタンになってしまった。
そして今度は、凄まじい『竜』が、可愛らしい女の子になってしまった。
マジでどうしよう。
「イセ、意外と落ち着いているな」
「そりゃ、巨大化した亜人や、悪夢のように強かった『竜』だったり、ハイエースと一体化したり、びっくりすること多すぎて、もう『竜』が女の子になるくらい些細なこと……なわけないな」
「そうだ。これ、どうすんだ?」
「アイが聞くのか」
「だって、アイはこんなの知らんぞ」
「俺だって」
「ほんと、厄介な能力だな。とんでもないのを召喚したな」
「呼び出したアイが言うな!」
【幕間 その4】
すごい勢いで鋼鉄の戦車が走っていくのを、巨大化してよく見える高い視点から見送る鬼王ソロン。
「なんだ、ありゃ」
ふぅと息をつき、一気に見えなくなって、もう目で追うのも疲れたソロンは、その場に倒れるように腰をおろした。
「『竜』を小さくして、俺よりも速く走る荷車? どんな馬鹿な代物だよ」
思いもつかなかった発想に呆れ、それが可笑しくて笑った。
「ははっ、考えたのは天才か馬鹿だな」
天才か馬鹿。
そう考えて思い浮かんだのはアイだった。
でも魔法を失った人間が、いくらなんでもあんなものを作り出せるわけがない。
あの内包していた純粋な魔力は、ただ走る荷車とは思えないほど溢れていた。
「アイちゃんは天才で馬鹿だから、ああいうのと相性いいよな」
だからしてやられた。
だから使いこなしている。
「あれは欲しい。欲しいよな」
本当に羨ましいと、ソロンは思った。
彼は思ったまま、口にし、実行する。
でなければ亜人たちの王は務まらない。
「魔境城塞も、ケアニスちゃんいないから手薄だしなぁ」
体を縮めながら、振り返って天使と堕天使の戦いの見物モードに入るソロン。
少し疲れた顔で、それでも野心を含んだ笑いをこみ上げさせた。
「そろそろ、帝国攻め頃かもな」
『神器』同士の争いは、世界をさらに大きく動かし始める。




