12話 『神器』アイ
高い城壁のあるエジン公爵領の城下町。
ここに突っ込むなら、隠れてこっそり侵入というわけにもいかない。
馬車が通れるくらいの門から、堂々と入るしかないだろう。
だが、今は門が開いていない。
だから、ハイエースを走らせながら聞く。
「門、開いてないけど、どうするの?」
「む。どうしよう」
アイは考えてなかった。
「私が行ってきますので、止めてください」
俺は言われるがまま、車を止めた。
ウルシャがシートベルトを外して外に出る。
「アイ様、連絡お願いします。私が内部の者たちと協力して門扉を開けてきます。開く前に合図を送りますので」
「わかった。なら……あの辺に自動車隠して待っているから。ウルシャ、無理するなよ。できる限り怪我もするな」
「……はい。約束します」
ウルシャは優しそうな笑みを浮かべた後、俺の方へ向く。
「イセ。アイ様を頼む」
「約束する。だから頑張ってくれ」
こんな重い約束なんてしたくないが、自然とその言葉が出た。
その言葉に反応してくれたのか、ウルシャが俺にも笑顔を向けてくれた。
俄然、はりきってしまう気持ちになる。
「では」
短く言い、ウルシャは町へ向かって駆け出す。
その姿を見て、俺はハイエースの車体を隠すように木々の中へと進み入れた。
それから車を降りて、町が見えやすいところに出る。
アイはすぐに例の魔法を使う。鳥が葉を咥えて町へと飛んでいった。
そのファンタジーな幻想的な光景に見とれたが、アイの表情は硬い。
ここでずっと生き続けてきた者にとっては、幻想的でもなんでもなく、これが日常なんだと理解できた。
彼女が心配するのは、公爵令嬢のオフィリアと、俺たちよりも先に危険な状態の町に向かったウルシャのことだ。
「なあ、イセ。本当にいいのか?」
「なにが?」
突然、話を振られて、何がいいのかと聞かれたのかがわからなかった。
「おぬしが、自動車で町に乗り込んだら、間違いなく目立つ」
「ああ……そうだろうなぁ」
ここに来るまでの間、ほとんど人が通ってない道を進んではいたが、それでも何人かには見られている。
皆、一様にとんでもないものを見たという顔で驚いていた。
多分、ここら一帯で噂になるだろう。馬のない馬車が走っていた、みたいに。
「おぬしを巻き込むことになった。それでいいのか?」
彼女が心配しているのは、公爵令嬢と護衛だけじゃなかった。
俺の今後のことも心配していた。
召喚したとはいえ、今日会ったばかりの俺のことを心配している。
子猫を守る親猫のような態度だった、ウルシャの気持ちが少しだけわかった。
「いいよ。俺、元の世界で一度死んでるし、第二の人生のスタートがこういうので驚いたけど、せっかくだから楽しませてもらう」
「っ!?」
驚いて、わななかれて、後退りされた。
何考えているのか、なんとなく察した。
「楽しむって、別に鬼たちに命令して、かわいい女の子拉致しまくって、ひどいことするって意味じゃないぞ」
「ほっ」
おもいっきり安心された。
「俺はそういうことはしない。約束する」
「う、うん」
うん、と返事はしているが、どこか上ずっていて、信じてない感じがするが、仕方ない。
ウルシャにやっちゃったし。
「ま、まぁ、とにかく。俺はひとまずアイの力になるよ。俺の事情知っているのアイだけだし。こうして話せるのもアイたちだけだし」
「む。勝手に召喚して……怒ってないか?」
「それはない。むしろ楽しんでる。不満があるとすれば、せっかくの異世界転生なのに能力がハイエースってところだな」
「よくわからんが、楽しんでいるならなによりだ。アイも楽しいの好きだし。でもこの世界は楽しいだけじゃないぞ」
「元の世界もそうだったよ。この世界も同じだろ」
「そっか。ならいい。イセ、アイに協力してくれ」
「それって、公爵令嬢を助けた後もってことだよな?」
「え? これ終わったらもう協力してくないのか?」
「いや、それはない……多分」
「多分!? 裏切ったりするのか!?」
「裏切るというか……ほら、俺って別に召喚された時に、アイの言うこと絶対に聞かなきゃいけないとかいうのないよな?」
「……うん」
契約して召喚した者を縛る令呪みたいなものとか、そういうのはないはず。
あったら、アイに対してこんな風に気さくに話せてないだろう。
「だからそういう意味で、多分。俺自身は今の所、アイに協力する気満々だ」
「なるほど。ならいい……強制させる魔法もあるが、できれば使いたくない」
「っ!?」
なんか恐ろしいことを言った気がするが、聞くのも怖いのでスルーしておく。
そのかわり、時間があるみたいだから聞いておこう。
「なあ。そういえばAI機関ってなんだ?」
「アイが作った魔法研究をしている組織。一応ほんとに研究やってるけど、ただの口実で、ほんとは――」
「世界を守るための秘密結社だっけ」
「うん。アイは『神器』だから」
「それ」
「それ?」
「『神器』ってなに?」
「……そうか。そんな基本的なことすらわからないんだな」
当たり前だと言いそうになったが、自動車にガソリンスタンドが必要なことがまったくわからなかった彼女たちの世界なんだから、その世界ならではの常識があっても不思議じゃないか。
自分たちの常識が、他の世界の人には通じないとはまったく思ってすらいない感じ。
「『神器』とは、この世界の神になるための前段階に至った者だ」
「神……神って何?」
「おぬしたちの世界には、神もいないのか!?」
「……わからん。八百万くらいいるかもしれないんだったかな?」
日本には八百万の神々がいるんだった。
「はっぴゃくまん!? そんなに!?」
「そう、言われてる……感じ?」
「なんだそれ……そんなにいたら、ご近所のおじさんが神だったとか、そんな感じじゃないか?」
「あ、そこまでいないから、多分言い伝え的なもの? でも近所に神社や石碑とかはあるから……意外とそんなものかもしれない」
大学の近くでひとり暮らしを始めて、初の初詣に行こうとした時、近所の神社を調べたらたくさんあったことを思い出した。
神様、たくさんいるんだなと思ったもんだった。
ネット上にも、エロ画像とか上げてくれる人は、神扱いだったしなぁ。
「ふむ……分けて欲しいくらいだな」
「神様を?」
「そうだ。この世界には今、神が不在なんだ。だから『神器』が神になるために試行錯誤中だ」
マジモンの神を、目の前の幼女はハッキリと口にした。
俺は、アイを神にするために召喚された……ってことでいいのか?




