120話 鬼王の『竜』対抗策
鬼王は人のものとも思えない咆哮と共に、ただ跳んで『竜』の顔を殴った。
『竜』の巨体がぐらりと揺れる。
「硬ぇ、なぁ、おいっ!!」
手をぶるぶる振り、それから着地した後、跳んで膝蹴りを『竜』の顎に入れる。
さらに大きく揺れる『竜』の巨体。
倒れるかに見えた『竜』は鎌首をもたげ、鬼王に向かって大きな口を開けて吠えた。
「オォオオオオォォォォォォォ――!!!!」
『竜』の周辺全体の空間を大きく震わせるような咆哮に、大きな衝撃が来る。
ハイエースの車体は正面からドスンッと何かがぶつかったように揺れ、その後もビリビリと震え続けた。
だから、咆哮の衝撃が来た瞬間、この世界に来る直前のことを思い出し、慌ててさらにバックする。
「吠えただけで、この威力かよっ!?」
叫びながら、壁や柱にぶつからないようにバックする。
壁や天井が崩れかねないから、必死だ。
「イセさん、離れ過ぎ離れ過ぎ」
屋根にいるケアニスから声が掛かる。
そういや、この衝撃の中でもケアニスは平気なのか。
よく見ると、一番近いところにいる鬼王も、さらにすぐ側にいる天使たちも、咆哮の中でもびくともしていない。
人外過ぎる。
車内にいる純正な人間たちである俺たちは、唖然とするしかない。
「……鬼王の攻撃、効いてないっすか?」
「効いているように見えん」
「対抗策と言っていたが、ダメなのか?」
それを聞いていたケアニスからまた声がかかる。
「鬼王は普通に『剛術』使ってますが、まだ恐らく……」
「本気じゃない?」
「ええ」
とか話していると、険しい表情だった鬼王が破顔した。
「やっぱ強ぇなぁ。よし、んじゃ気合い入れっか」
鬼王がまた跳ぶ。
だが、あっさりと『竜』の大きな前足で撃退され、吹き飛ばされ、宮殿の壁にぶつかる。
崩れた壁の中から、また跳び出てくる鬼王がまた殴りかかるが、それも『竜』の足で弾かれる。
その繰り返しで、庭園周りの宮殿の壁や柱がみるみる崩れていく。
ハイエースをさらに下げておいて正解だった。
しかしマジで……サイヤ人みたいな戦い方だな。
すごいんだけど、ガチで殴り合ってるだけみたいな。
でも、傍目で見ても『竜』に鬼王の攻撃が効いているように見えない。
それでも続ける鬼王。
「……これが、対抗策?」
「確かに、今まで見た中ではすさまじいですが……対抗策がこんなもの? この程度で終わるのは鬼王には分かっていたはずですが……」
少し楽しげに見ていたケアニスも、少し表情が険しくなっている。
あれか。すでに界王拳を何倍かで使っているのに、苦戦している的な……
だが、少しだけ様子が変わった。
「おらっ!!」
鬼王の跳びあがってのパンチが、また前足で弾かれると思ったら、鬼王の拳が大きくなったように見えて、今度は前足の方が弾かれた。
その瞬間、『竜』の方が驚いたように見えた。
「むっ!?」
ケアニスがハイエースの前に出た。
鬼王の様子が変わったことに気付いて、様子を見るために前に出た……と思ったら、真力の透明な盾を正面に展開する。
「だらっしゃっぁっ!!!」
と、同時に鬼王の楽しげに咆哮した。
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
そこにいた全員、ハイエースの車内にいた全員ではなく、ケアニスやキルケたち、そして『竜』も驚愕に、一瞬止まった。
鬼王がその一瞬で、『竜』と同じくらいの大きな巨体になったのだ。
誰もが驚きで体を硬直させたその一瞬の隙を突いて、鬼王は『竜』の尻尾を掴む。
片腕で掴んで、その巨体を振り回す。
「おらっ! 飛んでけっ!!!」
巨体が巨体を振り回すこと1周。
庭園の枠を越えて周囲の宮殿を崩しながら振り回された『竜』の巨体は、宙へと投げ出された。
この飛距離なら、町の外周か、さらに外か。
そんな風に考えながら様子が見られるのも、ケアニスが俺たちを守るように真力の盾を展開してくれていたからだ。
振り回した衝撃で飛んでくる瓦礫を防いでくれたからだ。
「よっしゃ、だいたいドンピシャだなっ」
巨体になった鬼王は、自らも跳んで、『竜』を追いかけていく。
唖然と見送る俺たち。
「なんだあれーっ!? なぁ! なんだあれっ!?」
応えられるものはいない。
ただ、外からまた声がかかる。
「イセさん! 追いかけてっ!!」
「よしっ!!」
ケアニスの指示で我に返り、俺はバックからターンを決めて、宮殿の外へ元来たルートを戻る。
その際に、天使たちが鬼王の後、空を飛んで追いかけるのが見えた。
追いかけながらも思う。
あれが鬼王の対抗策か。
『竜』vs巨人化鬼王。
もう俺たちが入る余地なくね?




