10話 自動車は、インフラあっての代物
「がそりんすたんど?」
アイがウルシャの方を見るが、首を横に振られた。
「わかりません」
ガソリンスタンドとは何かを、俺は説明した。
「つまり、がそりんというものを補給をする場所か。ないよな」
「早馬の駅みたいなものですかね。ないですね」
アイが言っている方が正しいが、この場合正しいかどうかは関係ない。
「だいたい、自動車がない世界なんだぞ。あるわけがなかろう」
「ですよね」
がっくりと肩を落とした。
これはとても重要なことで、つまり俺のハイエースが使えるのは今、ガソリンタンクに入っている量だけ。
あとは補給は効かないから、車輪がついているただの鉄の箱になる。
雨風くらいは防げるし、中から鬼たちがぞろぞろと出てくる機能はそのままだろうから、まあ使い道はありそうだが。
「……問題なのか?」
「大問題」
言いながら、俺は助手席側のダッシュボードからハイエースの説明書を取り出して、カタログにあるタンクの容量を見る。
容量と1リットルでどれくらい走るのかを見て、燃費の計算をして……
「だいたい500kmくらいでガソリンスタンドに寄らないと、ハイエースはもう走れない」
俺が説明書を読みながら言うと、アイとウルシャも覗き込んでくる。
「なんだこれ、読めないぞ? 魔導書か?」
「アイ様が読めない本があるのですか……」
俺の言っていることには興味を示さず、本の方に興味を示した。
異世界人は、着目点が全然違う。だからひとまず自分だけで考える。
俺が得たこの『力』は実にとんでもなかった。
『至高なる鋼鉄の移動要塞』
『人喰い鬼の分隊』
2つの異能は、この世界の最高の魔法使いと自称したアイをして、すごいと言わせるほどだった。
確かにこの世界に自動車がなくて、移動手段が徒歩と馬とかいう感じならば、ハイエースはとんでもない代物だろう。
ただ、オーバースペック過ぎた。
ガソリンスタンドのない世界で、自動車は簡単に鉄くずに変わる代物だった。
しょうもない『力』だなという感想しか出てこないが、だからこそ俺は考えなきゃいけない。
「こいつの使い道をだ」
これだけの『力』には、使いどころがある。
俺はそれを見極めなければならない。
「なあアイ、エジン公爵領ってところは、絶対に行かなきゃならないのか?」
「動けないなら、待っててもいいぞ。おぬしは絶対ではない」
「いや、そうじゃなくて。アイとウルシャにとって、行かなければならないところなのか? 何やら大変な状況なら危険だろ? そこに行くのか?」
「うん。おぬしが行かなくてもな」
「アイ様が行かれるならば、私は必ず」
ふたりの覚悟は決まっている。不測の事態に対応するため、アイが自ら行く。恩返しとも言っていたな。
「わかった。行こう」
「ほんとか! あ、その補給がないから無理って話は……」
「無理じゃない。それで戻ってくるのってこの近く?」
「そうだ。AI機関はあの湖のあの辺だ」
古城の対岸までいかないくらいの距離に、薄っすらと屋敷みたいなのが見える。
ならそこに戻ってくるから……まあ多く見積もって半分減らすくらいだろう。
「ハイエースの駐車スペースってあるか?」
「あるぞ。馬車のそばに置けばいい」
なら決まりだ。
エジン公爵領まで行って、彼女たちの目的を済ませてから、あとはもう長距離運転は無理ってことで、置いてもらおう。
「アイ様、ここから鬼たちが出てくるんですが、馬車のそばでいいのでしょうか?」
「問題だ。置く場所はまた別のところにしよう。だがスペースはあるから安心してくれ」
むしろ俺が、アイたちを安心させないといけないようだ。
もっと鬼たちについての情報を得て、もっと上手く制御できないと、大変なことになりそうだな。
そう思いながら、ハイエースの車体をぽんぽんと叩いた。
「今回のことが終わったら、しばらくはただの鉄の小屋か」
まあ、これがもし異世界転生じゃなくて、普通に輪廻転生してたらただの赤ん坊なり、なんか別の生物になっていたわけで。前世の頃の遺品があってよかったと思えば、むしろ良かったと……
「うん、ハイエース、あってよかった」
感慨深げに言うと、横にいた女の子ふたりが引いた。
「あって、よかった? それが?」
「『ハイエース』って女の子を誘拐して……ごにょごにょって、なんだよな……?」
「あ、うん。そういう意味じゃなくてね」
説明するのも面倒なので、言葉の綾という感じでごまかした。
そしてそれからは、エジン公爵領へ行くための準備をした。
アイとウルシャを助手席へ乗せて、早速向かう。
AI機関のある屋敷には寄らず、直で行くことにした。
速いに越したことはないと。
「道案内よろしく」
「わかった。その前に連絡を取っておこう」
移動する前に、アイは例の連絡用の魔法を使った。
エジン公爵領には連絡相手がいるらしい。
そこへ向けて、今の状況説明をと求め、さらには俺という『力』を得たことで、今日のうちにそちらへ行くという話を伝えていた。
ほんとに行けるかな? という疑問はあったが、おそらく大丈夫だろう。
2人を乗せて運転を始めた時に、俺はだんだんとわかり始めていた。
このハイエースは、魔法の力を持っている。
舗装されていない、車では通りにくい道も、思った以上に揺れずに軽快だった。
ある程度のでこぼこ道も、何故かスムーズに走り抜けてくれる。
まるでアスファルトで舗装された道を進んでいるかのようだ。
「……アイ、ウルシャ。もっとスピード出せるかもしれない」
「もっとか? これでもずいぶんと速いぞ」
「こいつ、元々は時速100km以上は出せるんだ」
「……ジソク?」
そういえばそういうのはわからないのかもしれない。
ならば……
「こんな感じ」
俺はアクセルを踏む。
どんどんあがるスピードに、まるで木々の中を低空飛行をしているようだった。
「なっ、なんだこれっ、すごっ、すごいぞっ」
「あ、アイ様、落ち着いてくださいっ」
はしゃぐアイに、若干おっかなびっくりのウルシャ。
ジェットコースター初体験で、楽しさが勝るのと、恐怖が勝るのとの差みたいに見えた。
どんどん走り、木の幹にでもぶつからない限りは、小枝にあたってもびくともしないハイエース。
さらにアクセルを踏み、スピードのメーターがどんどん上がっていく。
100キロあたりになったところで、森を出て開けた平原にきた。
「よしっ、もっと飛ばすぞっ」
「おおっ! まだ行くのか! こんなに速いなら、ほんとにエジン公爵のところまで今日中に着きそうだ!」
「ほ、ほんとに、そう、ですね……」
少し震え気味のウルシャ。
だが、スピードを緩めるわけにはいかない。
公爵領が謀反で大変なことになっていて、ふたりが何とかするために向かっているなら、緩めるわけにはいかない。
アイを守るというより、アイにしがみつきながらも、目は前から離さないウルシャを確認し、アクセルを踏んだ。
ぐんぐん出るスピードと、キャアキャアと喜ぶアイの反応に、俺はほんとに楽しくなり、ガンガン飛ばす。
もうこれ以上は、ハイエースには無理……というより、道が危ない、って思ったその時、目の前に平原よりももっと空間が広がって見える場所に出た。
「え……」
そこは結構な幅のあった川だった。
ブレーキと思ったが、もはや遅い。
ハイエースは、勢いそのままに川へと突っ込んだ。
「「「うわあぁぁぁぁっ!?」」」
三人そろって声をあげる。
俺とウルシャは絶望的な悲鳴で、アイはジェットコースターが乗り手を一番楽しませる最初の落下で楽しんでいる風な嬌声で。
飛ぶように走っていたハイエースは、本当に空を飛ぶように宙を舞う。
川に落ちる! もうダメだっ!?
そういえば、これってエアバッグついてるよね! みんな助かるよね!
という若干不安込めた覚悟で、ハイエースは着地した。
タイヤが地面についたことで制動が可能と、ブレーキを踏んで、止まった。
「「「はぁ、はぁ、はぁ……」」」
息の荒い3人と、後ろを振り返る。
ハイエースは川を飛び越えていた。
「「「す、すごいな!!」」」
「自動車って空も飛ぶのか!?」
「いや。飛ばない」
アイの喜びに満ちた驚きを、俺はばっさり切って捨てて、再びハイエースを走らせた。
もう一度やれと言われても、二度とやりたくない。




