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 開き癖のついたそこには、ある家の出来事が書かれていた。

イザード家の次男が産まれてすぐに養子に出されたと。

サンズ家とは別の隣の領地の子爵家に出されていた。


「侯爵家の息子が子爵家?」


 もっと下の五男だったりすれば可能性はある。

それでも成人してからということが多い。

産まれてすぐということは金銭的に余裕がないと言っているようなものだった。

同じ侯爵家に援助までできるイザード家が息子を育てられないからと言って養子に出すことは考えにくい。


「・・・どうして?・・・・・・これは」


 弟が養子に行った先の子爵家の別の記事だ。

結婚二十年目にして、ようやく産まれた子が急死というものだった。

そのせいで奥様は心を病んでしまった。


「『奥様は気晴らしにと誘われた侯爵家のガーデンパーティで、侯爵家の次男を我が子だと思い込み、そのまま領地に連れて帰ってしまった』立派な誘拐でしょう」


 周りは違うと言っただろうが、精神を病んでいる奥様には通用しない。

その場を治めるために一度、連れて帰って、折を見て迎えに行くつもりだったのかもしれない。

だが、そのまま養子になってしまった。


「そのまま養子にって、あり得ないけど、お母様ならそのまま養子に出しそうね」


 朧げながら思い出せる母親の記憶は、いつも無表情で何か会話をしたこともない。

貴族の妻である義務だけで生きているような人だ。

おそらく瑠花が帰っていることを知っても何も言わないだろう。

子どもにも夫にも興味を持っていない人だ。


「一度、顔を合わせた方がいいかもね」


 転生前の瑠花は、態度には出さないが産まれてすぐに養子に行った弟を気にはかけていたのだろう。

だが、名前を一向に思い出せないでいた。


「名前、名前、あ、い、う、え、お、か・・・・」


 順番に口にするが、まったく思い出せない。

弟だと言っても産まれてすぐに養子に出されて、しかもほとんど会わなかったとなると記憶には残っていない。

しかも状況が状況のためどちらの家でも当時の話題はダブーとしていただろうから率先して教えてもいないだろう。

瑠花の記憶にないのは不自然ではないような気がした。

しかも、この雑誌には養子に出された子の名前が載っていない。


「そもそもゲームに出て来たっけ?」


 ゲームは悪役令嬢の李奈と同い年の学校での話がメインだから母親の設定すら曖昧なのに、その養子に行った弟のことを詳しく出すはずがない。

隠れ登場人物ならば可能性はあるが、自分の父親と同じくらいの年でしかも王族でもない元侯爵家現子爵家ではレア感がまったくない。

思い出すことは諦めて家の中の図書室へ向かうことにした。

妊婦が動くことは推奨されていないが、わがまま放題の瑠花に何か言う使用人はイザード家にはいない。


「これは瑠花お嬢様」


「この家の家系図を出してちょうだい」


「家系図でございますか? 少々お待ちください」


 歴史ある家では蔵書の数も多くなり管理が大変だ。

年代物や値打ちのある本をうっかりということになれば目も当てられない。

だから管理のための使用人を雇うことが多かった。

司書のようなものだ。


「こちらでございます」


「ありがとう」


 最近の人物関係の欄には兄である燈埜に瑠花の名前もあった。

瑠花の欄には嫁入りしたとしてサンズ家の名前が追記されている。

でも弟の欄は名前が書かれずに養子と養子先のモンド家とだけ書かれていた。

もしかしたら密かに調べていたのかもしれない。

いくら子爵家の婦人が心を病んで他家の子どもを自分の子だと言い張ったとしても自分の弟だからと気にはかけていたのかもしれない。

全ては推測の域を出ないが、瑠花は瑠花なりに考えていた。


「瑠花お嬢様、何か不備でもございましたか?」


「いいえ」


 わがままではあったが頭は良かったし、勉強のためとして本は読んでいたのだろう。

管理人は瑠花を温かい目で見ていた。


「弟様はお気の毒でございました」


「どういうこと?」


「その家系図に名を記すのは一歳のお誕生日を迎えられたときでございます。それよりも先に養子に出されますと、元の家の者とは認められません。中にはそれでも認めるお家もございましょうが、正式なものではございません。せめてお名前を記させていただきたかったと今でも悔いが残っております」


「名前、決まっていたの?」


「はい、寿衣(スイ)様と決まっておりモンド家でも寿衣様でございます。ただモンド家の奥方様だけは里樹(リキ)とお呼びしているようでございます」


 里樹とは亡くなった子につけられていた名前だろう。

亡くなった子の名前で呼ばれるのは、どんな気持ちだったのだろう。

考えても仕方ないが瑠花としては憂いはひとつでも除いておきたい。

思いがけなく名前を知ることができたから話をしてみようと思い、寿衣がいる部屋へ向かった。


「・・・家から追い出すとは言いましたが、身重が歩くのは如何なものかと思いますよ」


「そうね。それでも話をしようと思ったのよ、寿衣」


「光栄ですね」


「わたくしは貴方のことを知らないわ。だから単刀直入に聞くわね。養子に出されてどう思ってるの?」


 仲良くなってから聞くなんて時間をかけていれば、ますます踏み込んで聞けなくなる。

記憶がない以上、事前知識もないから当たって砕けろの精神だ。

寿衣は一瞬、言葉を失ったが、頭に手を当てて笑い出した。


「くくく、本当に単刀直入ですね。私が養子だと知らなかったらどうするのですか?」


「知らないはずないわ。だって母親である子爵家の奥様からは里樹と呼ばれているのだもの」


「そうですね。養子だと知ったときは腹が立ちましたよ。侯爵家次男という肩書が子爵家嫡男。しかも養子ですよ。元の家の侯爵家の嫡男はあれで、姉はわがまま放題、いや、そう見せていた。でも理由を知ったときに少しだけ養母に同情しました」


 跡継ぎを望まれながらも子どもがなかなか出来ず、ようやくできた子どもは死んでしまった。

年を考えれば次は難しいのと、跡継ぎを産まないということで旦那からは冷たくされていた。

貴族の男が愛人を囲うことが多い中、子爵家当主も愛人を何人も囲った。

だが誰一人として妊娠しなかったことから原因は子爵家当主にあったのだろう。

子どもができて親戚からの冷遇もようやく解放されると思ったときの悲しみは推して知るべしだ。

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