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 兄の燈埜に話していないということは<落ち人>であるという秘密を隠し通せる性格でないということだ。

下手に話されても困るから、誤魔化すという手段を選ぶ。


「ただの里帰りですわ。確かに嫁ぐときには実家だとは思わないと浅はかなことを申しましたけど、子を身籠って初めて愚かな娘であったと痛感いたしましたのよ。だからお父様に謝罪をと思い、居ても立っても居られない思いで来ましたの」


「何が目的だ?」


「ですから贖罪の思いをお父様に伝えるために来ましたのよ。心に不安があると、お腹の子に障ると雑誌にも載っておりましたから」


 心を入れ替えて謝罪に来たということと当主である父親が滞在を許している以上は燈埜にはどうしようもできない。

せいぜい小言を言うくらいだが、あまり言い過ぎて瑠花の心労になり子どもが流れるのも問題だ。

やり込められたという劣等感を抱えて燈埜は食堂を後にした。


「やり過ぎたでしょうか?」


「あれくらいでちょうどいい」


 転生前の瑠花は自分が当主に最初から選ばれることはなかったと拗ねていたが、本当は兄の燈埜が他の家に婿入りさせられる性格ではなかったために消去法的に跡継ぎに決まった経緯がある。

それを知っていれば、わがままな性格にも歯止めがかかったのではないだろうか。

今知っても後の祭りではある。


「さて、燈埜ではないが目的を聞かせてもらおう」


「分かりました」


 ここまでくれば協力してもらう方がいい。

それに瑠花自身、匿ってもらわなければいけない。

サロンで話すことになった。


「瑠偉と話がしたいと言っていたな」


「はい、このまま夫婦の関係性が最悪では子どもの成長によくありません」


「貴族の夫婦で関係性が最悪なところなど掃いて捨てるほどあるが、良好である方が子どもの成長に良いのは事実だな」


 瑠花はゲームのシナリオについて話すのは止めた。

いくら瑠花が元の瑠花と違うことを受け入れても、前世の記憶、ここの時間軸に合わせるなら未来の記憶があることを話して受け入れてくれるとは限らない。


「実家に帰れば、迎えに来てくれるかと思いまして」


「その時には侍女頭は置いて来るだろうということだな」


「はい」


「その条件だと迎えが瑠偉であると考えているが、侍女頭もしくは他の使用人である可能性もあるぞ」


 瑠花の前世では、使用人を使う生活をしていないから実家に帰らせていただきますと言えば、旦那が迎えに来るものだと思い込んでいた。

指摘されて初めて、あやふやな賭けに出たことに気づいた。


「一応、サンズ家には瑠花を預かっていると手紙は出しておいた。この手紙を見て危機感を持てば、本人が来るだろうが、十中八九、来ないだろうな」


「そうですか」


「あの若造は肝心なところでプライドが高く、甘いからな」


「・・・そうですね」


 会話した記憶は全くないが、ここ二か月の数回の会話でプライドが高いということは同意できた。

アンズが度々、聞いたという、あの女に頭を下げるくらいなら死んだ方がマシだという言葉だ。

プライドが高い男とわがままな女は似た者同士かもしれない。


「子が産まれるまで五か月というところか。それまでに迎えに来ればいいがな」


「迎えに来なかったらどうなりますか?」


「私が帰れと言わない限りは滞在できる。そうなると燈埜が煩いだろうな。あれは未だに瑠花に跡継ぎの座を奪われるのではないかと怯えているからな」


 そうならないように出来ただろうが、怯えている間は真面目に勉強しているようだから、あえてそのままにしていた。

本当に燈埜がだめなら瑠花を呼び戻すことも考えている。

サンズ家にそれくらいの無茶を要求できるくらいには資金援助をしている。


「それにお前が産んだ二人目を養子にしても問題ないだろう」


「それはお兄様が当主には不適合だと言っているようなものですわね」


「あともう少しなんだがな。自信というものを持てばいいのだがな」


 妹には当主の座を渡さないというくらいの気概を持って欲しいのだが、どうしても後ろ向きな思考が直らない。

燈埜を支えられるくらいの令嬢を婚約者にしようかと思ったが、女性の前では頼りになる男性という理想像を演じるため上手くいかない。

いっそのこと、ずっと演じていてくれないかと本気で思っている。


「私からは何も言わん。好きなだけいるといい。離縁したければすればいいし、誰か別の相手が良ければ探してやる」


「では、お言葉に甘えて好きなだけ居ますわ」


 イザード家当主はどこまでも当主だった。

子どもへの接し方もどこか事務的で義務的で愛情というものは見えない。

表現するのが苦手なのかもしれないが、子どもに勘違いさせやすい性格なのだろう。

瑠花の部屋は嫁いでから日が浅いということで、そのままだった。


「そう言えば、弟がいたんだっけ?」


 設定として弟がいるとはあったが、何か関わりというものはなかった。

定着している記憶の中でも存在がない。


「迎えに来なかったらどうしよう」


 荒療治で家出してみたものの、このまま自然消滅ということもあり得る。

それなら悪役令嬢になる娘を産まないから根本的には解決ということになる。


「このまま離縁するというのは、ありね」


「それは困りますね」


「えっ?」


「失礼、ノックをしたのですが、お返事がなかったようですので入らせていただきましたよ。姉上」


 薄幸の美少年という雰囲気を持った金髪碧眼という令嬢が皆、恋に落ちそうな少年がそこにいた。

呼びかけから記憶にない弟になるのは分かったが、性格は容姿通りではなさそうだった。


「考え事をしていたのよ。ごめんなさいね」


「ようやく家から出て行ってくれたと思えば、たった三か月で戻ってくるとは、わがままにもほどがありますね。父上が許しても僕は許しませんよ」


「そう。では、わたくしを屋敷から追い出すのかしら?」


「もちろん。身重だろうと僕には関係ありませんからね」


 わがまま放題の姉のことを嫌っていたのだろうが、瑠花には話をしても思い出せる記憶がほとんどない。

興味がないから記憶にないのかと思ったが、当主の座の話をしたときも父親からは弟のことは話題にならなかった。

それでも弟がいるということは記憶にあるし、向こうも瑠花を姉と呼んでいる。


「だいたい兄上に遠慮して無能なフリなどしなければいいんです。そうすれば姉上がイザード家を継いだはずです。そうすれば」


「そうすれば?」


「何でもないです。とにかく出戻りとか、これ以上イザード家の醜聞となることは避けてください」


 言いたいことだけを言って弟は部屋を出て行った。

名前すらも記憶にないのは不思議だったが、そういうものだと受け入れるしかない。


「弟がいたのは分かってる。いた? 何で? 瑠花には兄がいる。うん。でも弟は、いた。どうして過去形? もしかして幽霊?」


 貴女には弟がいたのよ、でも死産だったのとでも聞かされて妄想の弟を作り上げたのだろうか。

だが、それなら死んだという記憶が蘇ってもいいはずだ。

答えの出ない問いを考えているうちに古い雑誌を集めた本棚に目が行った。

何かに誘われるように一冊を手にした。

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