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 あれから瑠花の話し相手はアンズになった。

アンズとしても話し相手という仕事と侍女頭から瑠花を見張れという命令を受けていたからちょうど良かった。


「アンズには兄弟がいるのね」


「はい! 姉たま、姉たまと舌足らずで可愛いんです。年が離れているので、また可愛いんです。はっ、失礼しましたっ」


「構わないわ。ずっと部屋に居て話し相手もいなかったから」


「わっ私で良ければ話し相手になります!」


「頼りにしてるわ」


 わがまま放題の瑠花を煙たくは思っていても給料が良いから耐えていたというのが分かりやすかった。

雇われて日が浅いからサンズ家の古参よりは柔軟な考えを持っていた。

嫁いで三ヶ月でここまで嫌われることは考えにくいから、きっと婚約していたときからの積み重ねだ。

婚約解消をしたくてもサンズ家の領地を守るだけの財力を持ち、それを了承する家でなければならない。

共倒れなど問題外だ。


「アンズ」


「はい! 奥様」


「お茶を用意して」


「かしこまりました」


 廊下を走るなど侍女としてあり得ないが、気合いが空回りしているのだと思えば見逃すのも簡単だ。


「侯爵家を傾かせるほどの何かが産まれる前にあったのね」


 きっと今読んでいる雑誌には特集が組まれるほどのことがあったに違いない。

仲の悪い夫に聞いても答えてくれないだろうし、嫁ぐときにすでに知っているはずだから改めて聞くのは嫌味にしかならない。


「だけど実家に侯爵家を二つ運営できるほどの財力があるなら貧乏侯爵家と婚約せずに公爵家を狙えばいいのに」


 その辺りの背景は書かれていないから自力で調べるしかない。

だが、下手に聞けば気でも狂ったと思われるから慎重に事を運ばないといけない。


「奥様、お茶を用意しました」


「ありがとう」


 用意されたのはカフェインがたっぷりのコーヒーだった。

妊娠中には好ましくない飲み物で、今ではカフェインレスがあるくらいだ。


「明日から別の飲み物を用意してちょうだい」


「お気に召しませんでした? 嫁がれた時からずっとコーヒーを召し上がっていらしたので」


「妊娠して好みが変わったのかしら?」


「なるほど、では、緑茶と紅茶、ワインにビール、ウィスキーもございます。他には、みりんがございます」


 アンズからの提案で妊婦には相応しくない飲み物が常識だというのが分かった。


「料理長には水を用意するように伝えなさい。わたくしが自分で作ります」


「はい? 奥様、今、何と?」


「自分で作りますと言いました。これは命令です」


「分かりました、奥様」


 寝て起きたら忘れてくれることを本気で願ったアンズは、侍女頭に怒られることにこっそり溜め息を吐いた。

いくらゲームの設定だとしても、ここまで間違った常識が当たり前になっていることに瑠花は腹を立てていた。


「奥様、お夕食の準備が整いました」


「分かりました」


「本日は鹿肉のソテーと猪のみぞれ鍋をご用意しております」


 ジビエ料理なのは目を瞑るとしてもテーブルに肉料理しかないのは問題だ。

付け合わせにコールスローがある程度だ。


「明日からは野菜も用意してちょうだい」


「野菜、でございますか?」


「何か問題でも?」


 瑠花は偏食がひどく生野菜が皿に乗っているだけでも全てをひっくり返すほどのわがままぶりだ。

そんな瑠花がわざわざ野菜を出せというのは皿をひっくり返すからという宣言をされているようなものだ。

肉は少なめにして果実水を大目に飲んだ。


「部屋に戻ります」


「旦那様が書斎でお待ちでございます」


「お断りします。何かお話があるなら部屋まで足を運ぶようにと伝えてくれるかしら? それとも妊婦に歩かせるのかしら?」


 別に書斎まで行くのは問題にしていないが、今回は情報がゲームの設定分しかない。

わざわざ敵陣に丸腰で行くのは自殺行為だ。


「・・・旦那様にお伝えさせていただきます」


「どうぞ」


 アンズの介助で部屋に戻る。

部屋に戻ってから一分もしないうちに、やって来た。

すでに眉間に皺が寄っていて機嫌の悪さは言われなくても分かる。


「どうぞ、お座りになったら?」


「子どもが産まれたら離縁するのは本気か?」


 椅子を勧めても座らずに本題に入る旦那を見て瑠花は笑いを堪えるのに必死だった。

本当に離縁されれば困るのはサンズ家だ。

それでもプライドが邪魔をして、しないで欲しいとは言えないのだろう。


「えぇ、瑠偉様もその方が安心でございますでしょう。わたくしの家の顔色を窺って生活しなくてもよくなるのですから」


「そうだな」


「離縁状はお渡ししておきますから子どもが産まれたら出してくださいね」


「ふん、家にも居場所がないお前を引き取ってやったのに恩知らずだな」


 最後まで言えずに瑠偉は部屋を出た。

扉が閉まる直前に侍女頭がなぜか祈るようにしながら立っている姿が見えた。


「・・・どうして侍女頭が?」


「・・・・・・その、奥様」


「どうしたの?アンズ」


「侍女頭が旦那様に奥様へ離縁の撤回を求めるようにと進言したからだと思います」


 分かりやすい説明だった。

つまりは言われるがままに来たものの納得していないから撤回の話ができない。

侍女頭は、おそらく母親のような気分で付き添ったのだろう。


「侍女頭の本分を超えてるような気がするのだけど」


「・・・えっと、その、先輩の侍女から聞いただけなんですけど、旦那様がそのご当主として不安なので侍女頭が補助していると聞きました」


「執事は何をしているの?」


「執事は先代夫婦に付いて、カントリーハウスにいます。ここ数年は一度も王都に来られたことはないとのことです」


 執事はこの状況を把握しているだろうが、先代に何も言われていないために動けないのだろう。

どういった状況なのかは知りたいが、聞いたところで答えてはくれない。

執事が不在なら領地運営については自分でするしかないが、基本がないのなら誰かが手を貸さないといけない。

今はイザード家からの金銭援助で無理やり何とかしているだけで、金に物言わせた状態だ。


「そう。まずは侍女頭から考えないといけないわね」


「奥様?」


「だってそうでしょう。わたくしという女主人がいるのに、まるで自分が奥様であるかのように旦那様についているのよ」


「昔からいるみたいですし」


「そこよね。まぁ一つずつ片付けていきましょう。うっ」


「奥様!?」


「まずは、つわりが治まらないと話にならないわね」


 アンズの作ったレモン水を飲みながら、これからのことを考える。

瑠偉と話をしようとしても侍女頭が口を出して来るだろうから何とかして二人になれる機会を探る。

何か問題を起こせば、すっとんで来るだろうから上手くすれば出来る。

失敗すれば余計にややこしいことになるが、普通に会おうとしても会えないから仕方なかった。

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