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うちの子は悪役令嬢になりません  作者: 都森 のぉ
エピローグのその先
31/33

3

 ようやく静かな時間が戻ったと、瑠花は新しいお茶を飲んだ。

だが、何か忘れているような気がすると、ソーサーにカップを置いた瞬間に扉が勢いよく開いた。


「叔父上!」


「黎!」


「あぁ母上もいらしたのですか。不調法を失礼いたしました。何分、気が急いておりましたので、お許しのほどを」


 吏奈と吏玖は揃って廊下を走っていたから入る前に分かったが、黎は廊下は走らないという教えを律儀に守ったのだろう。

扉を開けるまで分からなかった。


「そんなに急いでどうしたんだい? 黎」


「あぁ叔父上、今回、さる令嬢が吏奈に言いがかりをつけて来たのです」


「聞いているよ。子爵家令嬢だということはね」


「はい、僕は最初、世話係を仰せつかっていたのですが、何か至らないところがあったのか一か月ほどで断られてしまったのです」


 その理由は、瑠花と寿衣には心当たりがあったが、黙って黎の話の続きを聞く。

本気で何か問題があったのだと思い、落ち込んでいる黎を不憫に思いながら何も言えない。


「それからです。ファニー嬢が生徒会の者との接触が密になっていったのは」


「ほぅ」


「婚約者のいる令息に無暗に近づくのは褒められた行為ではないです。幼馴染や親族というなら黙認もされたでしょうが、そういった繋がりもない」


「周りから反感を買いそうだね」


「その通りなんです。実際にいじめとかもありました。本人は気にしていませんでしたが、いずれ社交界を背負う者がいじめというのも体裁が悪いので、吏奈に頼んで令嬢たちの説得をお願いしました」


 これが本当なら吏奈は髪を切った犯人である可能性は低くなる。

もちろん周りには良い顔をして裏では、ということもあるが、あの吏奈の性格からすると相反することを同時にするとは思えない。


「多方面から反感を買っていたようで、さすがの吏奈も侯爵家の力だけでは無理だったらしく、公爵家で親しくしている令嬢たちにも頭を下げたそうです」


「吏奈も頑張っていたんだね」


「はい、だから叔父上、ご褒美をあげてください。今度の週末の狩りに吏奈も連れて行ってやって欲しいんです。もちろん父上には内緒で」


「いいよ」


「ありがとうございます。吏奈もきっと喜びます。今回は男では入り込めないところも多かったので、本当に吏奈には感謝しているんです」


 すでに本人である吏奈から狩りに連れて行く約束を取り付けているとは思わない黎は、妹のために叔父に頼み事をした。

黎にとっては、可愛い妹だった。


「それなのに、吏奈が髪を切った犯人だというのは、腹立たしいんです。父上が子爵家の取り潰しをしないのが不思議でならない。そうなってもおかしくないくらいのことをしたんですよ。そう思いません? 叔父上」


「そうだね。だが、王家の調べが終わっていない今、声高々に言うものではないよ」


「あっ、失言でした」


「きっと良いようにしてくださるさ」


「はい。叔父上、ありがとうございました」


「あぁ」


 礼儀正しく黎は応接室を出た。

扉がきちんと閉まったことを確認してから寿衣は笑い出した。


「くくく」


「・・・」


「これで、あのガーデンパーティで何があったかは、あらまし知ることができた」


「そうね」


「それで、姉上から私にご褒美はないのですか?」


「ご褒美?」


「えぇ、きちんと黎の前では大人しくしていたでしょう」


 本当に同一人物かと疑いたくなるほどに寿衣は、黎とあと二人の前では言動を変える。

そのせいか、黎は寿衣が聖人君子のような清廉潔白の神のような人と思っているふしがあった。

寿衣の素晴らしさを吏奈と吏玖の前で滔々と話した結果、本性を知っている二人からは生温かい視線が送られた。

ただ、害がないので本性を黎に知らせることはなく今に至る。


「吏奈と吏玖の前でも大人しくしていて欲しかったのだけど?」


「それは今更ですよ。それに大人しくしていたところで、吏奈と吏玖の性格に影響したとは思えませんよ」


「詭弁ね」


「さてと、今日は失礼しますよ」


「そう」


「週末に甥と姪を連れて狩りに行く準備と根回しをしないといけませんのでね」


 瑠偉にとっては吏奈が怪我でもして、婚約が解消になることを恐れている。

解消なら良いが、王家の不評を買って取り潰しという憂き目に合わないかと恐れていた。

貴族として、当主としての自覚が芽生えたのは良いが、どうしても保守的な考えが抜けない。


 王家は吏奈自身というよりも、吏奈が持ってくる持参金目当てだ。

多少、怪我をしたところで、生きてさえいれば良いと言ってくる。

幸い、王子は吏奈のことを生涯の伴侶として愛しているようで、仲睦まじくもあった。


「二人のこと、よろしく頼むわね」


「任せてください」


 寿衣が帰ろうと侍女から外套を受け取ったときに、応接室の扉が騒々しく開いた。

そこには息を切らした瑠偉がいた。


「瑠花!」


「何でございましょう? 騒々しいですわよ」


「やっぱり子爵家は潰すことにした! 可愛い吏奈を犯人扱いしておいて、のうのうと生きているなど万死に値する」


「はぁ、やっぱり一度、死んでくださらないかしら?」


「馬鹿は死んでも治らないともいいますよ」


 深く溜め息を吐いた瑠花は、廊下にいるシャムリートに目配せをした。

心得たようにシャムリートは、どうやって子爵家を潰すかを演説している瑠偉の襟を掴んで、押さえる。


「おい! シャムリート! お前は俺を何だと思っている!」


「瑠花様の旦那様だと認識しております。今は、まだ」


「おい! 今は、まだというのは、どういうことだ!」


「言葉通りでございます」


「俺は離縁なんてしないからな」


「瑠花様に見放されたくなければ、子爵家の取り潰しを止めることですね」


「ぐぬぬぬ、仕方ない。今回は止めてやる」


 一体、何がしたいのか分からないが、瑠偉がシャムリートに遊ばれなくなる日は来そうにもない。

少しは成長したかと思えば、相変わらず二束三文のガラクタを買わされそうになり、サンズ家の前当主夫妻は、平民になっても何かを買おうとしている。

そう人間は簡単には変わらない。


「瑠偉」


「何だ?」


「今度の週末、歌劇を見に行きたいわ」


「そうか! シャムリート!」


「今から睡眠時間を二時間減らして、仕事をしていただければ、歌劇を見るくらいの時間は得られますよ」


 やる気になった瑠偉は、元気に執務室へ向かった。

瑠花の意図に気づいた寿衣は、小さく笑ってサンズ家をあとにした。

今日もサンズ家は平和だった。


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