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部屋に入ってきたメイドは年若く、面倒な奥様の用事を聞く係を押し付けられたのがよく分かる。
そこに文句をつけても仕方無いので要望を伝える。
「ご用でしょうか、奥様」
「えぇ、庭に出るから手を貸してちょうだい」
「奥様、それはお体に障ります」
「何か勘違いをしていないかしら? わたくしは庭に出ると言ったのです。それを使用人如きが咎めるなど何様のつもりかしら?」
「も、申し訳ございません」
瑠花の性格はわがままで全て思い通りにする性格であるから使用人にきつい言い方をしても怪しまれることはない。
だが限度というものはあるから長期的に改善していくつもりではいた。
「わたくしは庭に出たいの。わたくしの体に障りがでないように準備するのが使用人の役目でしょう」
「は、はい。すぐにいたします」
真っ青な顔で部屋を飛び出すと廊下を物凄い勢いで走ったのが分かる。
申し訳ないと思いながらもこのままだと無事に出産できるかも怪しかった。
「妊娠してるのは分かったわ。それに悪役令嬢の母親だということも分かったわ」
口に出して分かっていることを整理する。
呟く姿は気が振れたと思われそうだが、誰もいないから気にすることなく考えに没頭する。
庭では何かを指示する声と何かを運ぶ声が、聞こえるからまだしばらくは呼ばれることはない。
「そして、お腹にいるのが誰なのかが問題よね」
ゲームで瑠花は三人の子を産んでいる。
男女男の順番だ。
年子で三人の子を産んでおり、ゲーム内の正確な日付を覚えていないから誰なのか判断できないでいた。
「せめて男か女か分かればいいのだけど」
控えめなノックで現実に呼び戻された瑠花は返事をした。
入って来たのは侍女頭をしていますという風貌の女性だった。
「奥様、わがままもいい加減になさいませ」
「わがまま? 庭に出たいというのが、わがままだと言うの?」
「侯爵家の跡継ぎを産むという重大なことをご理解いただけていないようですね。庭に出て体に障り、お子が流れたらどう責任を取るおつもりですか?」
昔からサンズ家に仕えていることがすぐに分かる言い回しだ。
こんなのを毎日聞かされていれば嫌にもなるが、収穫もあった。
跡継ぎを産むという言葉だ。
「その跡継ぎを産むという重大なことをしている者が気持ちよく過ごせるようにするのが務めではないのかしら?」
「何事にも限度というものがございます。嫁いで来られてから、部屋の家具が気に入らない、あの侍女が気に入らない、ドレスが気に入らない、挙句の果てに実家に帰ると言う始末。嫁いだ身であるなら帰る場所などないと思いなさい」
侍女頭であることは服装から間違いはない。
だが、言っている内容は仕えている家の者への言葉ではない。
それがサンズ家に長年仕えているからというだけでは理由にならない。
「そうやってわがまま放題でいるから旦那様からも愛想を尽かされるのです。恥を知りなさい」
「よく分かったわ。つまりはわたくしがサンズ家に相応しくないと言うのね」
「ようやくご理解いただけて何よりです。お分かりになりましたら部屋で大人しくなさってください。では用がございましたらベルを鳴らしてください」
ゲームでは悪役令嬢がメインだから、その母親の背景までは詳しくない。
さらに離婚しているのだから数行の人物紹介で終わってしまう。
夫から愛情の欠片も貰っていないのなら使用人、サンズ家に長く勤めている者からの当たりが強くても誰も問題にしない。
たとえ瑠花が使用人の態度が悪いと言っても、配置換えをしてお茶を濁すことを繰り返されることは容易に想像できる。
「わがまま放題なのは本人の資質だったとして、これはまずいわよね」
離婚されても命までは取られないから、その点は心配していない。
心配なのは離婚されるまでの間、ずっと使用人たちから嫌味を言われ続けることだ。
記憶にない頃のことでも気が滅入る。
「庭が静かになった?」
侍女頭のあの剣幕なら庭に準備されている何かを撤収してもおかしくはない。
こっそりと窓から覗くと日除けの天幕が見えた。
「撤収させられる前に居座るのも手よね」
廊下に出て人の気配が無いことを確認して天幕を目指した。
庭では瑠花に命じられた侍女がクッションを用意している。
「おっ奥様!」
「できたようね」
「はっはい」
「下がって良いわよ」
クッションに体を預けて持って来ていた雑誌を開いた。
侍女は瑠花の言葉に驚きながら頭を下げて部屋に戻った。
廊下の陰では同じ侍女たちが様子見をしていた。
「大丈夫だった? アンズ」
「うん、怒られなかった」
「遅いって言いに来たんじゃないの?」
「違うみたい」
「とにかく用事を言われる前に離れましょ」
バタバタといなくなるのを待ってから瑠花は溜め息を吐いた。
「聞こえてるって。遅いってだけで怒るなんて理不尽じゃない」
今の自分の置かれている状況を把握するためにわざときつい言い方をしただけで良好な関係を築けるならそれに越したことはない。