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うちの子は悪役令嬢になりません  作者: 都森 のぉ
エピローグのその先
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1

 ガーデンパーティでファニーという子爵家の養女が侯爵家の吏奈に喧嘩を売った話はすぐに広まった。

侯爵家としては、子爵家が喧嘩を売ったことは疎ましいが、わざわざ相手にするのも面倒だと言うのが本音だ。


「本当に面倒なことをしてくれたわね」


「えぇ、本当に」


「このまま何もお咎めなしだと侯爵家が舐められるし、かと言って謝罪金を要求したら子爵家が潰れるし」


 王子預かりになったファニーは城の地下で文字通り飼われている。

来るべき有事の際に未来視をさせるために。

そんな力はないと言ったとしても解放はされず、国の中枢を担う家の子どもに近づいて情報を得ようとした間者として処刑されるだけだ。


「今、エイセル子爵家は夫婦喧嘩で冷え切っているそうですよ」


「いつも思うのだけど、どうやって他家の情報を手に入れるの?」


「それは・・・秘密です」


「・・・それで、冷え切って、離縁寸前とか?」


「その通りですよ。それも子爵家当主を追い出す方で」


「うん? 婿入りだっけ?」


「いいえ。ですが、反対をしたのに娼婦の娘を引き取り侯爵家からの怒りを買ったことに、大変ご立腹のようですよ」


 家のためになるかと思えば、半年で退学になるほどのことを仕出かした。

さらに身柄は王子預かりで、表向きには、ガーデンパーティのことを聞き取りするためとなり、黙秘を貫いていることで時間がかかっている。

子爵家夫人としては、さっさと話して家とは関係のないことだと証言して欲しかった。


「どちらでも良いけど、どう始末をつけるかが問題よね?」


「そうですね。証拠がないため糾弾できずにいますが、ファニーの髪を切ったのが、吏奈だという声は残っていますから」


「本当に困ったわ」


 吏奈を貶めたとして瑠偉は子爵家の断絶を望んでいた。

その瑠偉を抑えているのが瑠花とシャムリートだ。

王家がまだ結論を出していないのに、侯爵家が口を出せないという理由だ。


「時間が解決してくれることを祈りましょう」


「そんな暢気な・・・」


 廊下が騒がしくなり、ノックもなしに応接室の扉が開いた。

制服ではなく、淡い色のドレスを着た吏奈が飛び込んで来た。


「叔父様!」


「やぁ吏奈、元気そうだね」


「吏奈? いつも言っているでしょう」


「分かっているわよ。お母様。淑女らしく、いつも冷静で落ち着いた行動を、でしょ? それでね、叔父様」


 これ以上は何を言っても無駄だと諦めた瑠花は、侍女にお茶のお代わりを願った。

寿衣の隣に座った吏奈は、挨拶もそこそこに話し出す。


「聞いてよ、叔父様」


「どうしたんだい?」


「本当に大変だったのよ。せっかく後輩ができて可愛がれると思ったのに、その後輩にガーデンパーティを台無しにされたのよ」


「へぇ」


「しかも、自作自演で私のことを犯人扱いしたのよ。本当に嫌になっちゃうわ」


 マナーを気にすることなく、菓子を手で摘まんで食べた。

心得たように侍女は吏奈の分のお茶を用意する。


「吏奈。どういうこと? 自作自演って」


「あら? だって・・・あぁ、お母様は、あの子の髪型をご覧になってないんだったわ。だって、おかしいでしょ? 肩口まであった髪が全体的に短くなっているなんて。誰かに切られた。そうね、あの子が言うのは、私だったわね。私だと仮定してよ」


「えぇ」


「私に、はさみを持って近づかれてたのよ。そして全体的に切られるまで、あの子は何をしていたの? 逃げずに黙っていたの?」


「そういうことね」


「普通は、はさみを持った人が近づいたら警戒するわ。それも親しくもない、虐めている張本人が来たなら、私なら逃げるわ」


 あのガーデンパーティでは言わなかったが、吏奈は見ただけで自分で短く切っておいて何を言っているのだと白けていた。

隣にいた王子も同じように気付いており、庇う気もなかった。

さらに、本当に吏奈がファニーの髪を切ったのだとしても王子は何も言うつもりはない。

そこは、吏奈と結婚することによる王家の利益を優先した。


「百歩譲って、怖くて逃げられなかったのだとしても、あのガーデンパーティに顔を出すのは、おかしいわ。しかもしっかりと私が犯人だと誘導したのよ。やってることが、ちぐはぐ過ぎて困ったのよ」


「ちぐはぐ・・・」


「婚約者のいる令息に色目を使って近づいておいて、何もされないと思っているのが大間違いなのよ。私がどれだけ頑張って抑えていたか、苦労を思い知ると良いわ」


 世話係を断られてからも黎は、ファニーを気にかけており、虐められていると気づいたときには、吏奈に相談してきた。

しなくても良い苦労に自ら首を突っ込んだと、吏奈は溜め息を吐いたが、仕方なく持てる伝手を使って、令嬢たちを宥めた。

時には、自分を可愛がってくれている公爵家のお姉様たちにも声をかけた。


「だから、叔父様。ご褒美をちょうだい? 今度、狩りに連れて行って欲しいの。もちろんお父様には内緒よ。未だに箱入り娘にしようとするのだもの。嫌になっちゃうわ」


「可愛い姪のためだ。いいよ。この夏季休暇に連れて行ってあげよう」


「本当! 絶対よ。叔父様は約束を破らないから分かってるけど、絶対よ」


「あぁ」


「叔父様、ありがとう」


 寿衣の頬にお礼の口づけをしていると、侍女が吏奈に呼び掛けた。


「吏奈お嬢様」


「何?」


「そろそろお仕度をしませんと、王子様とのお約束の時間に遅れてしまいます」


「まぁ、もうそんな時間? 叔父様と話していると、ついつい時間を忘れるわ」


「嬉しいことを言ってくれるね。私があと二十年若ければ、歌劇にでも誘ったのに」


「もう叔父様ったら、心にも思っていない癖に。本当に叔父様は腹黒よね」


「吏奈」


「はいはい、じゃぁ叔父様、ご機嫌よう」


 吏奈は侍女と着て行くドレスの話で盛り上がりながら部屋に戻った。

ファニーの髪を誰が切ったのかは、自作自演という説が出てきた。


「・・・自作自演」


「その説が有力だろうね。もし嫌がらせをするなら吏奈は、髪を切るなんていう、まだるっこしいことはしないね。坊主にでもするさ」


「それは、吏奈が庇われているのか、はなはだ疑問を覚えるところだけど同感ね」


 静かになった廊下が再度、騒がしくなった。


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