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子爵家の庶子だと分かった令嬢は、大きな鞄を持って学校の門の前にいた。
貴族令嬢なら馬車を使って入るが、彼女は、わざわざ特待生の枠を使って入学した。
「シークレットルートに入るには特待生枠が必須だもん。あぁこの半年、勉強頑張って良かった」
特待生は、庶民の中でも優秀だが、貴族のように高い学費を払えないという子のためのものだ。
決して貴族が受験していいものではない。
「お父様に無理を言ってお願いした甲斐があったわ。まぁ最初は渋られたけど、お義母様が口添えしてくれたし」
彼女の母親は、どこかの貴族令嬢ではない。
貴族が利用する娼館にいる女で、家が没落したから働いているというものでもない。
そんな出自というところもあって、子爵家夫人はヒロインのことを心底嫌っており、屋敷に引き取るということも賛成していなかった。
だから特待生枠を受験したいという希望は、願ったり叶ったりだった。
「さて、迎えが来てるのよね?」
周りを見渡すと校舎の方から制服を着た令息が歩いて来る。
遠目だが容姿を見ただけで、攻略対象の一人だということは分かった。
「君が、特待生のファニー・エイセルだね? 僕は尓胡=カーターだ。この学校の副会長をしているよ」
「はい、ファニー=エイセルです。よろしくお願いします。副会長をされているなんて凄いですね。尊敬します」
「そうでもないよ。父が侯爵家だから選ばれただけだ」
「それでも、選ばれたのが尓胡先輩で良かった。貴族の人って怖いと思ってたから・・・あっ勝手に先輩って呼んじゃった。えっと、すみません。尓胡様」
侯爵家だから出来て当たり前という環境にいた尓胡は、尊敬されるという経験がなかった。
爵位で気軽に先輩と呼んでくれる下級生もいない。
そんな細やかな希望をヒロインであるファニーは叶えた。
もちろんゲームの中の設定だ。
「僕もファニーと呼ぶから、気軽に先輩と呼んでくれ。困ったことがあったら力になるよ」
「ありがとうございます」
ファニーの頭の中には、攻略対象者への好感度が上がったときのファンファーレが流れていた。
可愛い後輩というところからファニーは、告白されるというところに三か月で持って行った。
攻略対象者の生徒会長は公爵家で、家が代々、宰相を務めている由緒ある家だ。
だが、本人は机での仕事よりも剣を持って、軍に入りたかった。
「あっすごい!」
「誰だ!」
「ごめんなさい、散歩をしていたら迷ってしまって」
「お前は・・・確か特待生の・・・」
「はい、ファニー=エイセルです」
「太伊=リオンクールだ」
太伊は素振りをしていた剣を鞘に戻すと、ファニーに向き直った。
ここで何を言われるか分かっているファニーは黙って見守る。
「俺が、ここで素振りをしていたことを黙っていろよ」
「どうしてですか? すごく格好良かったのに」
「恰好いい・・・か。俺の家は代々、宰相だ。俺もいずれはそうなる」
「おかしいです。そんなの。親がそうだからって子どももそうならないといけないって。そんなことを言ったら私は・・・」
ファニーの出自を知らない者はいない。
愛人の子だとしても、どこかの貴族の子であるから父親違いや母親違いは、暗黙の了解で無視される。
だが、ファニーの場合は、母親が貴族ではないというところに、ゴシップ好きの者たちが面白がって話すため広まっていた。
「・・・そうだな。だが、これは貴族の家に生まれた者の義務だ。そうしなければ立場ある者としての示しがつかないからな」
「そんな」
何度も自分の夢を考えて諦めてきた太伊にとって、ファニーの言葉は嬉しかった。
自分のことを考えてくれるというだけで、恋に落ちるのは安直だが、そうおかしいことでもない。
婚約者に宰相ではなく、軍人になりたいという思いを告げたところ、軍人になるのならば婚約解消をして欲しいと告げられる。
公爵家の嫡男としての責務との板挟みの状態だ。
ファニーならどんな状況でも応援してくれ、側にいてくれると思い込み、婚約解消を父親に願い出た。
父親は軍人になることは賛成したが、条件として弟に家督を譲ることを提示される。
家督を継いでいない軍人は、貴族出身でも立場は、一般人になる。
それでもついて来てくれると思い、ファニーに四か月で求婚した。




