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19

 黎が一人で歩き出せるようになり、吏奈の首が座ったころに、それは起きた。

乳幼児が罹患すると後遺症が残りやすい病が流行った。

注意していても、かかるときは、かかってしまう。


 黎が罹患し、高熱に魘されることが三日ほど続いた。

幸いにも後遺症が残ることなく、元気になったが瑠偉には衝撃が強すぎた。

もし、黎に何かあればという恐怖に駆られ、瑠花の寝室を連日連夜訪れるということが起き、寿衣が危惧したことが起きる。


「驚きませんけどね。驚きませんけど、うっかりが過ぎるでしょう」


「おっしゃる通りでございます」


「あれほど言いましたよね? 年子の次男を作るなんてことにならないようにって」


「はい」


「しかも今回は、黎の代わりのように作ったと」


「だって、毎晩毎晩、泣きながら黎が死んだらって聞かされたら、仕方ないなぁってなるでしょう」


「なりません」


 瑠偉に声をかける令嬢がいなくなったわけではないのだが、黎が熱に魘されて、そのまま死んだらどうしようということをずっと語られると鬱陶しくなる。

一人、また一人と声をかける人はいなくなった。


「それで名付けですけどね。実父が(ジョウ)という名を考えていたようですけどね。名前を自分で考えてみたいと姉上が言っていたと、それとなく伝えると、好きにしていいそうですよ」


「えっ?」


「<落ち人>は時々、こことは違う常識を持っていることがあるので、それらは全て神々の気まぐれで片付けられます」


「都合がいいような」


「そんなもんです」


 名前を付けていいというのなら丈ではない名前を考えれば、大きく未来は変わるのではないだろうか。

幸い財政も上向きになっていて、裕福とは言えないが、三人の子どもを育てられないほどではない。

それに未来を変えるためなら寿衣も協力してくれるだろう。


「あと、やはり次男を養子に欲しいという家も何件か出てきましたよ」


「その中にユライン家はいるの?」


「えぇ、他の家は本家のサンズ家に一番近いユライン家が名乗り出ているならと消極的になりましたね」


「そう・・・だけど、いつも思うのだけど、どうして他家の事情に私より詳しいのかしら?」


「シャムリートから全部聞いていますよ」


「勝手に話すのは執事として失格のような気がするわ」


 サンズ家の財政がイザード家に頼り切っていたことを考えると仕方のないこととも思える。

寿衣がサンズ家に頻繁に訪れるのは、瑠偉への嫌がらせという意味が強いので、その点は効果があると言えた。

さすがに瑠花の浮気相手とは思っていないが、公には子爵家である寿衣が侯爵家に出入りしているのは瑠偉の神経を逆なでしていた。


「まぁシャムリートも瑠偉義兄さんのことを少しだけ認め始めていますから、そう遠くないうちに執事らしくなるのでは?」


「そう願うわ」


「幸いユライン家への養子の件は断ったそうですけど、おかしいと思いませんか?」


「何が?」


「ユライン家以外は、次に産まれた子が男であれ女であれ養子に迎えたいと言うのに、かの家だけは“次男を養子に”と言って来たのですよ」


 寿衣の言葉の意味に瑠花も気づいた。

ここで、男の場合のみ養子に引き取るというなら、まだ分からなくもない。

だが、男でも女でも爵位は継げる。

次男と言い切ったところに少しだけ違和感を感じた。


「もちろん、男の場合のみという意味合いで言った可能性もあります。でも、この国は他国と違い爵位は女でも継げる。吏奈が養子に行っても問題ないはずなんですよ」


「無事に生まれるかも分からない子を望むより、健やかに育っている子が養子の方が良いとも思うわね」


「そう。ユライン家には次男が養子でなければいけない何かがあるのかもしれませんよ」


「私のような<落ち人>がいるということ?」


「可能性はあります。<落ち人>は王族にしかいないという通説を守るために姉上のことを秘匿していますから」


 過去にも貴族の中に<落ち人>はいた可能性がある。

証明する方法はないが、いなかったと断言できる方法もない。


「どんな手を使ってでも、養子にしようとするかしら?」


「するかもしれませんね」


「借金を返すより難題な気がするわ」


「そうですか?」


「えぇ」


「簡単だと思いますけどね? 成人したら本人に選ばせると言っておけば良いだけのことですよ」


 簡単に言ってのける寿衣は、自身が養子であるから少しだけ感覚が違うようだった。

この国では、当主以外は他家に嫁入り婿入りするか、養子になるか、軍に入るかと、様々だ。


「それで納得するかしら?」


「すると思いますよ。基本的に養子となった者の養育は、養子先の家が行います。それを養育せずに跡継ぎが得られるなら得しかありませんから」


「損得で考えるのね」


「貴族とは、そんなもんですよ。益があると思えば投資もしますが、見込みがなければ切り捨てるのも早い。実父が瑠偉をここまで見限らずにいたのは、奇跡にも近いですね」


 次の子が男であると信じて疑わない瑠偉は、練習用の馬を飼ってみたり、一緒に狩りに行くようの猟犬を飼ってみたりと忙しかった。

まだ長男の黎が物心ついていないから良いが、あからさまな贔屓は確執を生む。

そのあたりはシャムリートが上手いこと手配しているらしい。


「次は、生まれたあたりに来ますよ」


「そうね」


「それに財政が上向いたサンズ家に“儲け話”を持ち掛けようとしている商会がいくつかあるようですので」


「・・・実際に、きちんと価値が分かれば“儲け話”なのよね」


 よく吟味もせずに契約してしまうのは血筋なのかと疑いたくなるくらい瑠偉も契約してしまう。

白い糸が絡まって円形になったものを買わされた。

それは蚕が繭になったもので、今では高級な糸になって売買されているが、商人からの説明では風呂に入れると美容効果があるというものだった。

あんなものを風呂に入れたら中から出てきてしまう。


 寿衣が言うようにガラクタを勧めてくる商会の出入りが増えた。

つわりも酷いため同席したくないのだが、本当にガラクタと契約してしまっては今までの努力が水の泡だ。

そんな努力もあり、今までの援助金を返し終え、裕福な侯爵家に返り咲いた頃に知らせは届いた。


「えぇと、サンズ家の長女である吏奈に第一王子の婚約者となることを命じる、だって。どうする? 瑠花」


「うぅ、あなたね、この状態を見て返事できると思っているの?」


「そうだね。じゃぁ断りの返事を書いとくよ」


「ちょっと待ちなさい!」


 瑠花が陣痛に苦しんでいる最中に、瑠偉は王家から届いた手紙を読んだ。

重大なことだとして急いだのだろうが、王家もまさか陣痛で苦しんでいるときに報告するとは思っていなかった。

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