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やることがあると宣言したため瑠偉は過去の契約から全てを調べ直した。
時折、両親についている執事から探りを入れられるが、全て躱している。
その行動は何か疚しいことがあると公言しているようなものだ。
「やっと、見つけた」
「お見事です」
「だが、これだけで大丈夫だろうか?」
「十分ではありませんが、最後の切り札を使えばいいのでは?」
「切り札?」
「はい」
シャムリートが伝えた切り札は本当に切り札だった。
だが、盲点でもあるものだ。
執務室で何かを熱心に調べている瑠偉の姿は使用人たちへ影響はある。
盆暗当主という汚名は返上できそうだ。
約束の日になり、瑠偉は両親を庭に誘った。
偶然だが、庭の花が満開になっている。
「まぁきれいね」
「あぁ、本当だな」
「父上、母上、今日はお話があります」
「あら? 何かしら?」
「あちらに茶会の用意をしています。飲みながら話しましょう」
瑠偉の誘いを受けた両親は上機嫌に座った。
ここからが瑠偉としては正念場だった。
「まずは結論から申し上げます。父上、母上をサンズ家より追放します」
「なっ! 何てことを言うの!」
「何を考えている!」
「これはサンズ家当主としての決断です。まず、この契約書です」
「これは二週間前に見せた契約書だな。これがどうした?」
まだ分からないのだろう。
怪訝な顔で息子を見る。
本当は自分で気づいて欲しかったが希望は叶わなかった。
「ここのサインですが、名前のあとに“サンズ家当主”とあります」
「それが何だ?」
「サンズ家当主は私です。父上はサンズ家前当主となります。これは身分詐称に当たります。司法局に問い合わせましたので間違いありません」
当主の座は息子に渡しているから、正式な身分は前当主となる。
身分詐称は犯罪であり、それが貴族が行ったのなら貴族籍の剥奪は免れない。
瑠偉の判断は正しかった。
「さらに当主ではないのに、当主であると契約したことも重罪です。このことが公になれば追放だけでは済みませんよ」
「お前、親を脅す気か!?」
「そうだわ。何て恐ろしい子なの? あぁ神よ。罪深き子をどうかお許しください」
「脅しではありませんよ。ただ、曲がりなりにも父と母です。貴族籍は無くなりますが、どうぞ今まで通りカントリーハウスでお過ごしください」
牢に入ることがないと分かり、このまま騒ぐのとどちらがいいかを考えているのだろう。
両親は静かになった。
そこで追及の手を緩めるつもりはない。
次は後ろで我関せずと黙っている執事だ。
「しかし、執事は別の者をつけさせていただきます」
「何を!? ガーボを辞めさせるというのか!」
「その通りです。このまま雇い続けるのはサンズ家に害しかありませんから。シャムリート」
「こちらを、原本は司法局の方にお渡し済みです」
差し出されたのは、手紙のようなものだったが、内容は密談だった。
内容に心当たりがあるガーボは顔を真っ青にした。
「内容は、ある商人との癒着です。貴族との契約を橋渡しする代わりに賄賂を受け取る契約です。そして相手の商人は三十年前と今回、サンズ家と契約を結んでいます」
「ガーボ! どういうことだ!?」
「わ、わたしめには何が何だか」
「調査した結果、ガーボと商人は結託をして二束三文のガラクタを高額で契約させることを貴族相手に繰り返していたそうです。あとでガラクタと分かっても騙されたなどと醜聞を嫌う貴族が声を上げるわけありませんから」
「この私を騙したのか!? ガーボ! 学の無いお前を拾ってやった恩を忘れたかぁ!」
このままだと収拾がつかなくなると分かり、シャムリートに合図して待機させていた憲兵を呼んだ。
ガーボは詐欺の主犯格として連行された。
力なく項垂れている両親は、自分たちが騙されるなど思ってもいなかった。
自分たちを騙す人などいないと、本気で思っている。
「・・・カントリーハウスでは優秀な執事に管財一式を任せることにします」
「家の使用人の管理は妻の役目だ。お前に決定権はない」
「たしかに、そうですね。ですが、家の財政を管理する執事だけは当主にも決定権はあります。前当主にはありませんが、もちろん前当主夫人にも」
瑠偉の言葉に止めを刺されたと両親は言葉を失った。
三十年前と今回の事情を確認するために、両親の身柄は司法局預かりとなり、一週間ほど話を聞いたのちにサンズ家のカントリーハウスに送られた。
ガーボはサンズ家以外にも声をかけており、引退して郊外に住む当主たちの執事を掛け持ちしていた。
実際の金策などは現当主がしているため、実質的なガーボの仕事は何もない。
罪が重いとして懲役となり、今まで受け取っていた給金の返済に一生涯を捧げることになった。
ガーボの代わりの執事は、シャムリートの執事学校時代の知り合いに声をかけた。
シャムリートが卒業まで一度も学業で勝てたことがないほど優秀ではあるが、融通が利かないため色々な家を転々としている変わり者だ。
金銭感覚に難がある前当主夫妻の財布の紐を管理するには、うってつけだと言うことだ。
「私も父上も甘かったのだろうな」
「それもありますが、最初は皆、真面目に職務に当たっていたようですよ。欲が出て、魔が差したというところでしょう」
「それは慰められていると思ってもいいのだろうか?」
「この上なく、お慰めしているつもりですが、伝わっていないとは嘆かわしいものです」
「それは日頃の行いのせいだな。いや、それは私にも言えることか」
瑠花が戻って来る日は、朝から静かな雨が降っており、それは瑠偉の心情を表しているようだった。
雨が入らないように設計されているサロンにお茶が用意されており、冷たくなったお茶を飲みながら瑠偉は待つ。
「ただいま戻りましたわ」
「・・・座ってくれ」
「大変なことでしたわね」
「そうでもないさ。今まで見ないふりをして来たもののツケを払っただけだ」
温かいお茶が淹れられたが、二人の間に弾むような会話はない。
何かを決意した瑠偉は一枚の紙を出して、瑠花の足元に跪いた。
「瑠花、俺は謝らないといけない。産まれてすぐに決められた婚約だからと反発し、周りからの言葉に流されて酷いことを言い続けた」
「・・・・・・・・・」
「産まれてすぐの婚約なのは瑠花も同じなのに、それに俺は自分だけが不幸なのだと思い込んでいた」
「・・・・・・・・・・・・」
「許されるとは思っていない。だが俺にできることは許しを乞うことと瑠花を自由にすることだけだ」
差し出した紙は折りたたまれたままだが、開かなくても離縁状だということは分かる。
詐欺にあったというだけなら愚かで間抜けな貴族だと囁かれるだけで済むが、サンズ家前当主は当主だと身分を偽って契約をしたという事実がある。
社交界に出れば、犯罪者のいる侯爵家と陰口を叩かれる。
瑠花が離縁してもサンズ家への資金援助のための婚約、結婚だったから比較的温かい目で見られる。
「・・・わたくし、我が儘ですの。それにイザード家はお兄様が後継だと正式に決まりましたから戻っても居場所はありませんのよ」
「・・・可能な限りのことはする」
「なら、嫁ぎたい家があります」
「どこだ? 公爵家、いや侯爵家も難しいな。伯爵家以下なら」
「最近、詐欺に遭い、ただでさえ火の車のところに訳の分からない石を買い、前当主夫妻が詐欺をしていた可哀想な当主のいる家ですわ」
瑠花の言いたいことが分かり、瑠偉は目を見開いた。
柔らかく瑠花は微笑んで、折りたたまれた紙を細かく裂いた。




