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実の弟との浮気を疑われ、サンズ家の妻として財政を何とかしようと動いたことが、殊勝な態度で媚を売っていると言われてまで残るつもりは無かった。
鞄に持って来た宝飾品だけを詰めて部屋を出ようとした。
追い付いた瑠偉が立っているため出られない。
「瑠花、話をしよう」
「話すことなんてないわよ!」
「いや・・・」
「どきなさい!」
「瑠花!」
「シャムリート!」
心得たとばかりにシャムリートは瑠偉を拘束し、扉から離した。
いざという時の護衛でもある執事は体術の心得があったりもする。
瑠花は鞄を持って玄関に行く。
「馬車を呼んでいますから少々お待ちください。姉上」
「ありがとう」
「あと、乳母に黎を連れて来るようにとも言っていますから一緒に帰りましょう」
「そうね」
「おい、ちょっと待て! 黎はサンズ家の子だ。勝手に連れて行くことは許さんぞ」
シャムリートに拘束されたまま廊下を歩き、瑠花を引き留めようとする。
何度も腕を捻って逃げようとするが、シャムリートの拘束は見事だった。
「正確には違いますよ。まだ、どこの家の者でもない。家系図に名前が載るのは一歳の誕生日のときですから」
「だが、黎はサンズ家に嫁いだ瑠花が産んだ子だ。サンズ家の長男だ」
「それでも乳飲み子をどうやって育てるつもりですか? まさかパンや肉を食べさせるつもりですか?」
「柔らかくすれば食えるだろう。何を言っている?」
「・・・姉上、やっぱり連れて行きましょう。このままだと衰弱死してしまう」
わめく瑠偉を無視してイザード家に向かった。
たった数日で戻ったことに獅己は少しだけ眉を顰めたが、瑠花の様子に口を噤んだ。
「寿衣」
「瑠偉義兄さんは馬鹿だった。この一言で終わりますよ」
「せっかく瑠花が白真珠を見つけたというのに、あの若造は甘いな」
「兄上を後継にしたのは、早まったのではないですか?」
怒りが収まらない瑠花はサロンでやけ食いとも言えるお茶会をした。
影として控えて、寿衣とシャムリートは瑠花が落ち着くまで待った。
「いったい何なのよ」
「姉上が思うほど賢くなかったということではないですか?」
「私はサンズ家のためにしたのに、あんまりだわ」
「・・・・・・差し出がましいようですが、おそらくは瑠花様に嫉妬されたのだと思います」
「はぁ? 嫉妬? 誰が?」
シャムリートの推測に寿衣はあり得ると納得していた。
嫉妬したというだけで、あの暴挙では割に合わない。
「今まで何とか金策に走っていたのに、腹心とも言える侍女頭から裏切られ、失意の底にいたところ、瑠花様が簡単に金の卵を見つけられた。しかもそれは目の前にあった価値のない石ころでした。その衝撃と言えば計り知れないものでしたと推察するまででございます」
「それで、あれ? ばかじゃないの。もう良いわ。離縁よ、離縁」
「そこは思いとどまっていただきたいのですが・・・」
「シャムリート、貴方、財政が火の車で、爪に火を点す生活をしているサンズ家を立て直すのが、楽しいから離縁するなって言ってるのではないでしょうね? 違うなら理由を言ってみなさい」
「・・・このままでは、おうまれになられた、レイさまが、ふびんでございます」
「棒読みの返しをありがとう」
シャムリートとしては、あれほど財政難の領地も珍しいので、失いたくないという思いがある。
他の家に仕えても、ここまで梃入れできる家はそうそうない。
「瑠偉が迎えに来たら帰っても良いわよ」
「その言葉、二言はございませんか?」
「ないわ。ただし、自発的にだろうと、誰かに命令されようと、このイザード家の屋敷に本人が来る。これが条件よ」
「かしこまりました」
瑠花の言質を取ったシャムリートはすぐにサンズ家に向かった。
瑠偉を拘束していたはずのシャムリートが一緒に帰っているのは、使用人にあるまじき暴挙に出たからだ。
階段の手すりに瑠偉を括りつけた。
すでに誰かが解いているだろうが、馬車に乗るくらいの時間は稼げる。
サンズ家に着いたシャムリートは自分がしたことは無かったことにして、瑠偉のいるであろう執務室に行った。
瑠花との喧嘩と再度の家出は使用人たちの知るところだが、瑠偉がいつも通りにしているため使用人も息を潜めるように仕事をしていた。
「旦那様!」
「シャムリート! お前は僕を何だと思っている!」
「主人である瑠花様の旦那様ですが?」
「いや、もういい」
執務室は白真珠を求める依頼書で溢れかえっている。
まだ上位貴族ばかりだが、これが下位貴族にまで話が広まれば、溢れかえるでは済まない。
白真珠の販売権はすでに委託されており、サンズ家では買えないのだが、最初に瑠花がお披露目したため定期的に届く。
白真珠だけでなく、子を産んでも体型を維持している瑠花へのサロンの誘いも届いている。
これは瑠偉が代わりに返事をするわけにはいかないから対応に困っていた。
シャムリートは目につくように至るところに置いた。
「シャムリート」
「何でしょうか? 旦那様」
「瑠花を呼び戻せ」
「執務の手伝いは致しますが、夫婦喧嘩の仲裁は致しません」
「俺が言うのか?」
「それ以外に方法はございませんよ。私は一介の使用人ですから」
それから瑠偉がイザード家に向かうために、重い腰を上げるのに三日かかった。
瑠偉は、簡単に瑠花を連れて帰れると思っていたが思惑が外れた。
出迎えたのは、寿依だった。
「瑠花を連れて帰る」
「姉上なら、いませんよ」
「隠しても無駄だ」
「隠す必要がどこに? 実父と共に個展を見に行っていますよ」
事前の連絡なしで来たことで、無駄足になった。
だが、このまま帰るのも癪だった。
「なら待たせてもらおう」
「はぁ・・・実母に取り次ぎを」
静かに控えていた侍女が部屋にいるイザード家の女主人に確認に行った。
そう待たされることなく、返事を聞いた侍女が戻って来た。
「体調が優れなく、お相手は出来ないが、お待ちいただいて構いません。当家の次男の寿依に用向きを伝えて欲しいとのことでした」
「・・・分かった」
「では、応接室に案内しますよ。瑠偉義兄さん」
前触れもなく来た瑠偉を面倒な人物として寿依に押し付けた。
ただ、寿依をイザード家の次男と指名したことで、立場は同じ侯爵家になった。
「瑠花は、いつ帰ってくる?」
「さあ? 馬車で二日ほど行ったところの個展なので、いつ帰るかは、分かりませんね」
「おい!」
「冗談ですよ。ここから歩いて十分のところに見に行っていますよ」
完全に遊ばれた瑠偉は、舌打ちをした。
そんな姿が見たいから寿依は、言葉巧みに遊んでいる。




