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 無言の攻防が瑠花と侍女たちの間で繰り広げられていた食堂で、いつもは顔を見たくないとばかりに執務室に籠っている瑠偉がやって来た。

侍女たちは瑠花のわがままを窘めてくれるのだろうと期待したが、食事のあとに執務室に来るようにとだけ言った。

窘められなければならないほどのことは何もしていない。


「何かございましたか? 旦那様」


「まずは、これを見てくれ」


「出納帳? これを見ても、わたくしは分かりませんわ」


「シャムリートから聞いている。当主となる教育を受けていると」


 勝手に話したシャムリートを睨み付け、出納帳を見る。

当主教育というものは瑠花の記憶の中にあるが、それを使うことがなかったため、ほとんど忘れている。

だが、転生前に経理の仕事をしていたから問題点はすぐに分かった。


「おかしいですわね」


「あぁ・・・シャムリートが指摘して、私も確認した。収支が合わない」


「それで、財政管理は誰が?」


「マジョエラだ」


 瑠偉からの信頼を得ていることを理由に帳簿の金額を操作して、裏金を作っていた。

それが借金を返すためだったりすれば、まだ救いはあったが完全に私用に使っているのが分かる。


「それはまた、大きなことになりましたわね」


「マジョエラには、暇を出す。もちろん退職金も紹介状も出さない」


「それで、この裏金はどうしますの?」


「財産を差し押さえる」


 貴族なら国が差し押さえて回収をするが、いくら高給取りでも庶民の財産では高が知れている。

この分だと運営に関わったころから始まっていそうだ。


「ざっと計算しても、一介の侍女頭が返せる額ではありませんわね」


「だが、少しでも回収しなければならない」


「何に使ったか調べるにしても、マジョエラには返し続けてもらう必要がありますわね」


「だが、屋敷で雇ったところで意味はない」


「働き口があるではありませんか。サンズ家が関わっているアコヤ貝の養殖場です。あそこで働いて貰えばいいのですよ。給金の代わりに衣食住を最低限保障しておけば一人分の賃金が浮きますよ?」


 戻るまでの間に寿衣にサンズ家の状況を詳しく聞いていた。

瑠花と婚姻を結んで資金援助を受けなければいけなくなった原因はアコヤ貝の養殖だった。

国を通して正式な書類で取り決めがされているので、詐欺ではない。

詐欺ではないが、まともな貴族なら契約しない内容だった。

それを聞いたときに瑠花は、何て馬鹿なことをと呆れてしまった。


 いわく

『契約をした年から三十年間の契約とすること。

漁獲量に関わらず、金貨五千枚を支払うこと。

サンズ家の取り分は全漁獲量の四分の一とすること。

養殖に関わる人材の給金はすべてサンズ家が支払うこと。』

となっており、漁獲量の残りの四分の三は養殖を運営している者たちが売り捌いている。


 取り分の四分の一も売り捌いているのかと思えば、現物で支給される。

つまり実質は養殖運営の二重取りに近い。

ただ契約書として不備が無ければ、どれだけ相手に不利な内容でも通ってしまう。


「そうだな。あそこは人手不足だからな」


「それと」


「まだ何かあるのか?」


「貝の中から白い石がよく見つかるとお聞きしました」


「あぁ。そのせいで価値が下がっている」


 アコヤ貝は体内で真珠を作ることで有名な貝だ。

この世界では、食用にしており、食べることのできない処分に困る石は悩みの種だった。


「その石をできるだけ集めていただけません?」


「何をする気だ?」


「ちょっとした暇つぶしですわ」


 瑠偉の追及は誤魔化した。

ただ、瑠偉が動かなくてもシャムリートが手配をしてくれる。

シャムリートが影のように付き従っているから忘れがちだが、もともとイザード家の執事見習いだ。


 立場を利用して横領を重ねていたマジョエラは最後まで往生際が悪かったが、認めないなら国に突き出すと言われて大人しくなった。

マジョエラがいなくなることで瑠花への風当たりが強くなるかと思ったが、マジョエラは自分以外の侍女全員の給金を誤魔化していたため、瑠花への悪口はなくなった。

給金が上がったことで、瑠花への対応が百八十度変わった。


「現金なものですね」


「人なんて、そんなものよ」


 サロンでお茶を飲みながら、シャムリートの皮肉に軽く返した。

テーブルにはアコヤ貝から出てきた石が並べられている。


「意外と綺麗な光沢があるんですね」


「真珠と言って、宝石の一種よ」


「これが?」


 綺麗な円形を持つ大きなものを選別して、ネックレスを作る。

一連では寂しいので長さの違うものを用意して首に下げたときに映えるようにした。


「ですが、石を首から下げて、どうするのですか?」


「今度の侯爵家のサロンに行くのよ。見てなさい。この石が富を産むようになるのだから」


 シャムリートに頼んで、サロンの出席者の名簿を手に入れた。

そこには、東方国出身の夫人がいた。

東方国では、黒真珠が名産として扱われ、白真珠は希少なものとして王族ですらお目にかかれないものとしていた。

この石として捨てられてしまう真珠の価値が唯一分かる人でもあった。


 何を言っても無駄だと言うこととこれ以上、評判が落ちることもないとシャムリートは黙るという選択をした。

マジョエラがいなくなったことに大きな混乱はなく、穏やかな日々を過ごした。

石を首から下げていれば侍女たちに言われることは分かっているので、鞄に入れてサロンに入ってからつけることにした。

真珠が映えるように紺色のドレスを着ている。


「まぁ瑠花様、ようこそおいでくださいました」


「長らくの不調法、お詫びいたしますわ」


「そんな、跡継ぎを産むという大役がございましたもの。それと、子をお産みになったのに、その体形の秘訣をお聞きしたいわ」


「えぇもちろんです。マダム」


 子どもを妊娠すると太るというのが常識で、元の体形を維持したままというのは珍しい。

瑠花の体形の秘訣というのを聞きたい者は大勢いる。

家の中では、わがまま放題だが、外ではきちんと令嬢、夫人として振る舞っていた。


「・・・まぁ」


「そんな方法が?」


「妊娠すると、わたくし食べられるものが限られてしまって、それで実家で静養することにいたしましたの」


「それは大変でございましたね」


 妊婦の心得とは真逆のことをしながら無事に出産し、体形を維持している瑠花は婦人たちの憧れとなった。

主催の女主人を差し置いて話題の中心になることは許されないが、その女主人が率先して聞いているのだから誰も不快な思いはしない。

瑠花の話を聞いて、すぐにでも実践しようと誰もが思ったころに招かれていた一人の女性が瑠花に話しかけた。


「瑠花様、少しよろしいかしら?」


「えぇどうぞ」


「その首飾りですけれども、もしかして白真珠ではありませんか?」


「えぇ、偶然にも領地で採れましたので、お披露目が出来ればと思いまして」


 白真珠というのは聞いたことがあっても誰も現物を見たことがないまま幻とさえ言われており、瑠花の飾りに気づいてはいたが誰も触れられなかったものだ。

それが、東方国の婦人が黒よりも貴重な白だと認めたのだ。


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