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 嫡男を産んだということで、祝いの品でも持ってくるのかと思えば手ぶらで事前連絡もなく現れた。

義理とはいえ娘に会うのに気を使う必要はないと思っているようだった。


「まぁ可愛い」


「本当だな。瑠偉の子どものころにそっくりだ」


「懐かしいわ」


「名前は決めておいた。(レイ)だ」


 瑠花に決定権はなく、名前も今、教えられたのではなく、すでに出生状と共に名前も提出されている。

家族で名前を考えるという風習が無いから仕方ないとも言える。


「わたくしも名付けをしたいから女の子を早く産んでね?」


「あと離縁状だが、処分しておいたぞ。何、気にするな。妊娠中は不安になるものだ。変わらず私たちの娘だ」


 瑠花の心を置き去りにした会話はしばらく続き、満足して前当主夫妻は帰って行った。

瑠花が妊娠前と後では性格が変わったことを知っている使用人たちは何も言わずに、瑠花の心が休まるように支度していく。


「はぁ、憂鬱だわ」


「戻らない、というのだけは止めてくださいね。ちょっと楽しみなのですから」


「シャムリート、少しは主を労わりなさい」


「ご心痛お察し申し上げます」


「・・・労わられている気がしないわね」


 瑠花について火の車のサンズ家の財政再建をしろと言われたシャムリートは急に眼の色を変えて過去の教科書を読み直したり、父親に財源の確保の極意を学んだりとやる気を出した。

おもちゃを与えられた子どものようだが、やっていることは可愛くなかった。

事あるごとに瑠花にサンズ家に戻れと言ってくる。

その様子に追い出したいと常々思っている燈埜は喜んでいた。


「それよりも奥様宛てにサロンのお誘いが何通か来ております」


「それは参加しなければいけないもの?」


「はい。公爵家夫人からの誘いがありますので、断るのは難しいかと」


 子どもは最初の一か月を育てると乳母に預けてしまう。

一緒に育てることもあるが、完全に一人でということはない。

だから一か月を過ぎると、サロンへの誘いが復活する。


「仕方ないわね。準備してちょうだい。それと来週にはサンズ家に戻るわよ」


「誠でございますか! 待った甲斐がありました」


「とにかく一年で何とかしなさい」


「心得ております。このシャムリート、サンズ家の財政を黒字にしてみせましょう」


 不安しかないが、瑠花はシャムリートを連れてサンズ家に戻った。

瑠花がいない間は穏やかだったのにと侍女たちが嫌そうな顔をしており、侍女頭は親の仇でも見るような目をしていた。

手紙についての独断専行が瑠偉の耳に入ったときに、瑠偉から叱られた。

それが瑠花のせいだとして逆恨みをしている。


「旦那様は執務室かしら?」


「はい」


「黎を寝かせたら伺うと伝言をしておいてくれるかしら?」


「かしこまりました」


 イザード家からはシャムリートと乳母を連れて来た。

アンズはサンズ家で留守番だ。

一度、辞めさせられたところに戻したところで働きにくいだけだ。

それにアンズのちょっと抜けたところが燈埜のお気に召したらしく専属になりつつあった。

少しだけだが燈埜に次期当主としての自信というものが芽生えてきた。


「・・・何の用だ?」


「何の用と言われましても、ここがわたくしの家ですし」


「子が生まれたら離縁すると言ったのは忘れたのか?」


「覚えていますわ。でも旦那様は離縁状を出しておりませんので、その確認のためにも戻って来たのです」


「離縁状なら出したぞ」


「あら? でも先日、お義父様とお義母様が処分したと言っていましたわ」


 何か思い至ることがあったのだろう。

瑠偉は難しい顔をして隣に控えている侍女頭を呼んだ。


「お呼びでしょうか」


「離縁状はどうした?」


「ご本人以外のサインが必要でしたので大旦那様のもとにお送りしました」


 それだけで何があったのかは分かった。

離縁状を前当主に送れば、処分してくれるという侍女頭の思惑だ。

実際に、その通りにしてくれた。

夫婦仲が悪くても、別居していても、愛人を囲っていても、籍さえあればイザード家から援助を受けられる。

瑠花のことは気に入らないが、援助なくして使用人を雇うこともできないため苦肉の策だった。


「マジョエラ、今日までご苦労だった。暇を出すから屋敷から出て行け」


「なっ! 瑠偉様!」


「お前が勝手なことをするから僕はイザード家当主から叱られたんだぞ! それにあれをするな! これをするな! 一体、お前は何様のつもりなんだ」


 自分だけでは領地運営ができないから教えを乞うていたが、本来ならば侍女頭の仕事ではない。

今まで溜め込んでいたものが発散された形で侍女頭のマジョエラにクビを宣告した。


「お言葉を挟んで申し訳ないのですが」


「何だ!」


「侍女頭が急にいなくなるのは屋敷にとってよくありませんわ。いなくなっても替えがいる侍女とは訳が違うのですもの。きちんと引き継ぎをさせてあげるのも当主の役目かと」


「そうだな。なら、二週間で引き継ぎをしろ」


 いくら傍で仕事をしていたと言っても使用人でしかない。

クビと言われれば従うほかない。


「・・・お世話になりました」


「退職金は出してやる」


 サンズ家にいなかった間に何があったのかは分からないが、侍女頭のマジョエラと決別しようと思える何かがあったようだった。

実家に里帰りする前のように話にならないと思っていたが、寿衣が言うには<落ち人>は<落ち人>と知らなくても対応が変わってくるというものらしい。

それは降りて来た神を迎え入れようとする人智を超えたものとなっていた。


「瑠花」


「何でしょうか? 旦那様」


「その、子どもから母親を奪うのは如何なものかと思っている」


「さようでございますか。では、子どもが大きくなったら離縁いたします」


「そのときは、きちんとサインをしよう」


 急に変わるわけではなく、ゆっくりとというものらしい。

獅己や寿衣が急に変わったのは、もともと関わりが薄かっただけで嫌ってはいないということと<落ち人>であることを知っているというのが大きい。


「そうでございますか。ありがとうございます。旦那様」


「あぁ」


「それで領地運営でございますけど、口を出すつもりは毛頭ございませんが、お一人でされるのは大変と思い、シャムリートを連れて来ましたの。どうかお役立てくださいませ」


「あぁ」


 瑠偉が頷いたことを確認して後ろで黙って控えていたシャムリートを置いて部屋を出た。

侍女頭がクビになったことは話になっているらしく、その原因は戻って来た瑠花にあると思っている。

すべての原因というわけではないが、半分くらいは関わっている。

その視線を気にせずに部屋に戻った。

大きく事態が動いたのは、戻ってから三日目のことだった。


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