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 税収を大きく上げられる金の卵を獅己は瑠花を通して狙っているのだ。

爵位を売らなければ立ち行かないくらいの借金を作る前当主夫妻とその両親に育てられたプライドだけ高い瑠偉ならば簡単に領地を手に入れられると考えた。

そのために多額の資金援助を続けている。


「すぐに税を徴収するとなれば商人たちはいなくなるからな。時間をかけておこなう。そのためには瑠花にサンズ家の夫人でいてもらう必要があった。まぁ今はどちらでもいいがな」


「わたくしが離縁してしまってもいいということですね?」


「あぁ、それに離縁となれば資金援助の話はなくなる。この話は瑠花が婚約者であり婚姻を結んでいることが条件だったからな。何もないのに金だけ出すなどイザード家領地の領民に示しがつかん」


 当時、資金援助をするにあたっては、尤もらしい理由をつけている。

それでも今、止めてしまえば損しかない。


「わたくし、子どもが産まれたら離縁届を出すようにと言って出てきていますの」


「ほぅ」


「でも、それは止めますわ。それよりもサンズ家を乗っ取って子どもに引き継がせる方が合理的だと思いまして」


「やはりお前は当主に向いているな。好きにしろ。手が欲しいなら・・・そうだな。ベンジャミンの息子のシャムリートを連れていけ。我が領では父親が全て整えてしまっているからな。張り合いがないのだろう。その点、サンズ家は問題だらけだ」


「そんな家に娘をよく嫁がせましたね」


「仲が良い親子ではなかったが、瑠花は賢くはあったからな。嫁ぐ意味も分かっていた。少し可哀想なことをしたな」


 長い時間、話し込んでいたのに気づかなかった。

空が少しだけ白み出している。

徹夜は妊婦でなくても体に良くない。


「瑠花がサンズ家に戻るとなると、燈埜が跡継ぎになるな。今度の登城の時に手続きをしておこう」


「ついにお兄様を後継にされるのですね」


「あぁ、養子に出した寿衣も考えたが、寿衣は断ってきたからな。最後の望みである瑠花も別の家を継ぐようだしな。消去法だ」


 それでも少しだけ獅己は嬉しそうだった。

定着した記憶の中に獅己のぼやいた姿がある。

本気で燈埜が当主になるなら今までのように甘い教育ではない。

徹底的にしごいてやるとベンジャミンに言っている姿だ。

何か自分でやりたいことを見つけたら、その道を応援するつもりで今まで次期当主であると宣言して来なかった。

親の心子知らずとはよく言ったものだった。


「それと、瑠偉だが、動きはあると思うぞ」


「動き、でございますか?」


「お前宛てに侍女頭から手紙が届いただろう」


「えぇ開けずにベンジャミンに渡しましたわ」


「その内容は援助打ち切りを撤回するように父親に頼めという命令文だった」


 実際の文章は丁寧に書かれていたが、頼むくらいのことはしろという上から目線の手紙だった。

読んだ獅己は侍女頭が仮にも主人に宛てた手紙かと久しぶりに腹を抱えて笑った。

側にいたベンジャミンは気持ち悪い物を見た目をしていた。


「そこで瑠偉に、侍女頭に命令されなければいけないほど、我が娘の地位は低いのか?と問いかける手紙を送っておいた。これで危機感を持たなければ、ただの阿呆だ」


「妊娠するまでのわたくしは、わがまま放題でしたから仕方ありませんわ」


「わがまま放題? だとしても侍女頭が主人を蔑ろにする理由にはならないな」


どんな主人であっても使用人である以上は超えてはならない一線がある。

それを忘れた使用人は害悪でしかない。

もちろん事細かに忠告する使用人もいるだろうが、それはお互いに契約のときの決めごととしてある場合だ。

ベンジャミンは恐ろしく小言を言うが、あくまでも小言という範疇に留めていた。


「それに<落ち人>であったのなら仕方ないというところもある」


「寿衣にも言われたのですが、どういうことですの?」


「なら寿衣の方が説明は上手い。それにもう夜明けだ。ゆっくり休んでからにしろ」


「そう致しますわ。失礼いたします」


 部屋に戻ると、すぐに睡魔がやって来た。

一度も目覚めることなく昼過ぎまで眠っていた。

サロンに行くと寿衣が優雅にお茶を飲んでいた。


「おはようございます。姉上」


「おはよう」


「その様子なら<落ち人>について気になっているというところですかね」


「えぇそうね」


「<落ち人>とは天上に住まう神が下界に降りるときの器のことを言います。そして人は魂が無ければ生きていけない。だが、神が降りることができるまで成長した器の魂が外に出なければ入ることはできない」


 自分が<落ち人>で神に選ばれたと知っても慣れ親しんだ人たちと離れるのは嫌だ。

さらに別の世界に行くとなれば、余計に未練というものが生まれてしまう。

だが、虐げられて親しいものもいなければ、未練というものはできない。

むしろ新しい世界で居場所があれば、そちらを選ぶ。


「未練を持たぬようにするために神が<落ち人>は愛されにくくしたと言われています。真意は分かりませんが、過去に<落ち人>になったものは皆、疎まれていたという記録があります。それで以前まで会ったことがなかったのです」


「そういうことなのね」


「<落ち人>について分かっているわけではありませんし、過去の<落ち人>だった方がそう言っていたわけでもありません。すべては神々の暇つぶしだということになっています」


 おそらく瑠花は<落ち人>だと知らないままで、必死に生きていたのだろう。

どう足掻いても手に入らないものに対して努力して諦めたことには同情してしまう。


「それで姉上は瑠偉義兄さんと離縁するのですか?」


「いいえ、しないわ」


「そうですか]


「ただ、このままでいいとも思っていないわ」


 離縁すれば子どもを含めて獅己が全てを保障してくれるだろうし、寿衣もおそらくは手を貸してくれる。

燈埜が煩いだろうが、当主という座が確定すれば大人しくなるだろう。


「姉上には悩み事があるようですね」


「今まで会話をしたこともないのに良く分かるわね」


「簡単なことですよ。カマをかけただけです」


 美少年の笑みで騙されそうになるが、腹黒だということを再認識した。

養子に出して、公式にはイザード家の子どもではないとなっていても獅己が当主にしたいと思わせただけはあった。


「はぁ」


「まぁ全部、話してくださいよ。少なくとも貴族の仕来りや人間関係については姉上よりは知っていると思いますよ」


 まるで悪魔に魂を売ってしまうような錯覚を覚えながら瑠花は寿衣に助けを求めることにした。

どんな結果になるにしろ産まれてくる子どもには関係がない。


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