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 応接室で前当主夫妻を見送ると同席したままの燈埜を問い詰めた。

燈埜としては、このままサンズ家に帰らせるつもりだったが当てが外れたことで機嫌が悪かった。


「お兄様、サンズ家に帰らせようとしましたわね?」


「お前はもうサンズ家の人間だろう。なぜ未だにイザード家に居座っている?」


「あら? 居座るだなんて、イザード家当主から滞在の許可はいただいていますわよ」


 忌々しいくらいに頭の回転が早い妹を昔から毛嫌いしている燈埜は妊婦でなければ無理やりにでも屋敷から追い出していた。

それをしないだけの理性は辛うじて残っている。


「俺が当主になったら二度と屋敷の敷居は跨がせないからな」


「構いませんわよ。当主になれるのでしたら?」


 わざと燈埜を怒らせて応接室から出て行かせる。

さすがに応接室に乗り込んで連れ出すわけにはいかないから、きっと廊下にはベンジャミンが待機していたはずだ。

最近のベンジャミンは四六時中、燈埜の背後に立ち、影のように付いて回っていたから間違ってはいないだろう。

まだ危機感のない瑠偉とその両親のことで疲れが襲ってきた。


「まだ危機感がないのね」


 資金援助が完全に止まれば、ようやく現実を見てくれることだろう。

それでもまだ何とかなると思うのなら爵位を売ってでも貴族であればいい。

ただ国から賜った爵位を売るとなると、とんでもない醜聞であるし、まともな嫁ぎ先は望めないし、その反対も然り。

社交界では爪弾きにされるし、今回の借金を返すために侯爵家を売って伯爵家になったところで伯爵家と同等とは見てもらえない。

名ばかり伯爵となり実質は男爵家や子爵家との付き合いが限界だ。


「しばらくは子どものためにゆっくりとしましょう」


 無事に産まれればいいとは思っている。

それにこの調子なら子どもが産まれてもサンズ家には育てる財力なしと言えば引き取ることもできそうだ。

あとは問題が起きてから考えようと部屋で本を読んだり、編み物をしたりと優雅に過ごした。


「そう言えば、彼氏にマフラーを編んだんだっけ?」


 照れくさそうに受け取ってデートのときに一度だけ着けてくれた。

それから一切、見ていないから捨てたのかもしれない。


「瑠花お嬢様」


「ベンジャミン、どうしたの?」


「これをサンズ家よりお預かりしました」


「手紙?」


「はい、差出人は侍女頭の方のようでございます」


「・・・・・・この手紙を開封せずに送り返したら失礼かしら?」


 侍女頭が訪ねて来るのなら百歩譲っても帰らないが、まだ納得はできる。

それを瑠偉が出した手紙でもなく侍女頭が手紙というところに瑠花は静かな苛立ちを覚えた。

最近は記憶の定着が進んでおり、貴族令嬢および貴族夫人としての振る舞いも自然にできるようになってきた。


「失礼にあたりますが、侍女頭が貴族のご婦人に手紙を出すのも失礼にあたります」


「お父様にお渡ししてちょうだい」


「かしこまりました」


 瑠花は知らなかったが、この侍女頭からの手紙は獅己が資金援助を来月末で打ち切るという宣誓書に対する嘆願書のようなものだった。

簡単に言えば、娘である貴女から打ち切りを取り消してもらえるようにお願いしなさいという命令のような内容だ。

瑠花から手紙を預かった獅己は侍女頭からこのような手紙を受け取ったが、領地運営に侍女が口を出すのは、いかがなものかという苦言の手紙を送った。

サンズ家に執事がいないのは知っているため嫌がらせにも近い。

また執事がカントリーハウスに常駐しているからこそ、イザード家はサンズ家に資金援助を盾にできるという構図だった。


「あと、お父様にお時間を作っていただけるように伝えてちょうだい」


「かしこまりました」


 夕食のあとに獅己は瑠花と話すための時間を作った。

そのことを聞きつけた燈埜が同席をしたがったが、獅己に部屋にいるようにと命じられてしまった。


「それで、話とは何だ?」


「お兄様のことですわ」


「アレがどうかしたか? 何もするなと命じてはおいたが」


「わたくしの記憶が正しければ、お兄様は後継者指名をされていませんよね?」


「ふっ、あぁ、していないな。そして誰もまだしていない」


 瑠花が戻って来てからの喧嘩腰は、瑠花に当主の座を奪われるのではないかと不安になってのことかと思っていたが、燈埜は後継者だと指名されていない。

同学年の者たちは指名されたり婿入りしたりと次期当主として各家で認められつつある。

それは同じ侯爵家だけでなく、下の爵位の伯爵家でも同じように指名されている。

やや権力主義な燈埜は自分よりも下の爵位の同学年たちが次期当主と指名されているのに未だ自分はされていない。

瑠花がサンズ家に嫁入りし、家系図に載る前に寿衣は養子に出ている。

イザード家の跡継ぎは自分だけなのに認められていない。

そのことで大きな焦りを感じていた。


「イザード侯爵家当主となるだけなら多少問題があっても次代に引き継ぐまでは大丈夫だろう。ベンジャミンがいるし、その息子も同様に優秀だ。燈埜の扱い方も熟知している」


「それでしたら何故? いい加減に鬱陶しく感じていますのよ」


「当主教育の記憶と現状を把握する<落ち人>としての目から見て、イザード家領地はどう見える?」


「どう、と言われましても活気はあるのではありませんか? ただ商人が全て素通りということで宿などの数が少ないように思えますが仕事に就けていない方も少ないですし、とくに大きな問題はないと思いますが?」


「はぁ、燈埜にお前のその観察眼の半分でもあれば良かったのだがな。その大きな問題がないことが問題だ」


 当主として領地をよく治めていると言えば聞こえはいいが、発展もしていないということだ。

停滞はいつか緩やかな衰退を意味する。

それを変えるために獅己は瑠花をサンズ家に嫁入りさせた。


「このままではイザード家は緩やかな衰退を辿る。だからサンズ家を欲したとも言える」


「借金塗れのサンズ家を? 正気ですの?」


「前当主も現当主も自領の価値を分かっていない。あそこは港から最短距離で到達できる一番大きな街だ。商人はまずサンズ家で宿を取り商売をする」


「それは至極当たり前のことですわね。大きな街ならば人も集まりますもの」


「そうだ。間違っていない。だが、サンズ家は店を持たない移動販売の場合は税金を取らないと制定している」


 利益が出れば、それに合わせて税金を納める。

それを移動しながら販売するのならサンズ家領地内で得た利益に関しては非課税となれば商人たちはこぞってサンズ家に押しかける。

商人たちが落とす金はせいぜい宿代くらいだ。

それでは税収に大きな影響は与えない。


「そのせいで、店を構えずに移動式屋台で営業する者もいる。それがサンズ家の税収が低い原因だ」


「どうして、そのようなことに?」


「何代か前の当主が商人をさらに呼び込もうとして制定した。確かに商人は呼び込めた。だが落とす金よりも領民が商人に支払う金の方が上回っている。それでは領地は潤わない」


 その当時の当主は苦肉の策として投じたのだろう。

そして確かに宿の数は増え、税収も増えた。

今でも前当主夫妻が借金を作らなければ侯爵家の中でも一、二を争うほどの裕福な領地になったはずだ。

獅己の言う緩やかな衰退がサンズ家には起きたのだろう。

領民ではなく、サンズ家そのものに。

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